2016年8月26日に下北半島の木野部海岸を訪ねました。
岩海苔や布海苔、アワビなどの採藻・採貝漁業ができる磯の環境・景観を再生しようと、
消波と築磯 (山から石を切り出して磯を造成し魚貝の採取が可能な場をつくる伝統工法) を兼ねて
置磯工が行われた海岸です。
消波は、地形的に前浜で波力が減衰され、その上に分散させた石の群が波力に抵抗し、
ある程度まで成り立ちます。
この例の特徴として、大きく次の4点が挙げられます。
1点目は、スイス、ドイツで開発された生態学的な河川工法、
「近自然河川工法 (Naturnaher Wasserbau) 」が海岸で応用されていることです。
2点目は、 一度整備された緩傾斜護岸を取り壊し、それによって発生したコンクリート塊を
岩石の群の下に敷いて (基礎に転用して) 、置磯工がほどこされていることです。
3点目は、この工事が自然の中に人々の生活とその環境を置き直す
まちづくりプラン (都市計画マスタープラン) の作成と並行して進められ、
当地の将来計画における先導的、そして象徴的な意味を持つに至ったことです。
そして4点目は、竣工後、この土木構造物の周囲における生態系の変化に関して
追跡調査が続けられていることです。
岩海苔や布海苔、アワビなどの採藻・採貝漁業の行える磯の環境・景観は、再生されています。
この伝統の継承・進展と科学の総合を独創的発想によって可能とした海岸工法から、
私はどうしてもある伝承を思い出さずにいられません。
それは、気仙沼市本吉町前浜地区で土地の方々に教わった「テナガ様」の伝承です。
手長山のテナガ様が、長い手を伸ばして海から魚や貝をさらっていく…
それに対して浜の人々はアワビなどを手長山の頂きに供えて、山の恵みによる磯の恵みを、
山へ返すことをしてきた、それでまた山の恵みから磯の恵みを、
浜の人々が受けられるように図ってきた、そう解釈されるものです。
私には、前浜地区でいうテナガサマ、多くの地域でいうダイダラボッチが、
山から長い手を伸ばして緩傾斜護岸を引きちぎり、
その破片を海に撒いて磯を戻した、そして山の恵みと海の恵みの巡る土地の一部として
木野部海岸を再生しようとした…
そのように、このすぐれた市民、行政担当者、研究者、技術者による協働から連想をしてしまいます。
全国の海岸で、いえ海岸の他にも河川で、あるいは農村や、都市の一部であったとしても、
防災・減災と生物多様性保全、および生業の復興を同時に充たした木野部海岸のこの例から、
さまざまに学べるはずであると、私は考えます。
追記
井上靖の小説『海峡』に、登場人物が大畑町から八里先の大間崎へ移動する途中に見た
風景の描写があります。
かつての木野部海岸と周辺の様子がおわかりいただけるかと思いますので、引用をしてみます。
—
バスは海岸へ出て、海岸線に沿って 走り出した。雪は落ちているが、空は青く澄んでいて、
海面は不気味なほど静かであった。
バスはのろのろ走った。道は海岸に迫っている丘の中腹や、断崖の裾を、屈曲の多い海岸線と平行に
どこまでも走っている。
杉原は窓外にばかり視線を投げていた。裸木の梢の間から青い海面が見えたり、
ゆるやかなスロープを持つ砂浜の向うに、波の砕けている荒磯が見えたりした。
波打ち際には褐色の巨石がごろごろしていて、どの石も波に洗われ、上部には白い雪を載せている。(中略)
やがて海岸は一面に大小の岩がごろごろしている荒磯になると、その荒磯はどこまでも続いた。
そしてバスの通っている道路の横には雪の面から茅のようなハコネウツギが顔を覗かせている。
波は沖にだけ立っている。 井上靖『海峡』(角川書店、1961年。原著発行 1958年) 321-322頁
参照/ Reference:
(近自然工法/ Naturnaher Wasserbau)
福留脩文 (2010)「近自然河川工法の計画視点」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jriet1972/23/9/23_9_535/_article/-char/ja/
(木野部海岸/ Kinoppu Coast)
宇多高明ほか (2000)「住民合意型海岸事業の推進手法 − 青森県大畑町木野部海岸での新しい試み」
Promoting method of coastal works with public agreement: a new approach at Kinoppu Coast in Ohata Town, Aomori Prefecture
https://www.jstage.jst.go.jp/article/prooe1986/16/0/16_0_523/_article
清野聡子ほか (2001)「青森県木野部海岸における合意形成と海岸事業の実施」
Public agreement at Kinoppu Coast in Aomori Prefecture and enforcement of coastal works
http://ci.nii.ac.jp/naid/130003949879/
角本孝夫ほか (2002)「合意形成型海岸事業と環境復元の課題 − 青森県大畑町木野部海岸を例として」
Problems in public involvement on beach management and construction planning,
and coastal environment restration as an example of Kinoppu Beach, Ohata Town, Aomori Prefecture
https://www.jstage.jst.go.jp/article/prooe1986/18/0/18_0_19/_article
鈴木俊治ほか (2003)「自然に『胎棲』するまちづくり: 大畑まちづくりプラン (都市計画マスタープラン) の特徴と意義」
For a hospitable environment and revitalization in the mother nature: the character and significance of the comprehensive plan, Town of Ohata
http://www.cpij.or.jp/com/ac/report/2003.html
里浜づくり研究会 (2003)「2.3 木野部海岸」『里浜づくりのみちしるべ』(国土交通省、PDF)
http://www.mlit.go.jp/kowan/umibe_bunka/satohama/18/main2-3.pdf
土木学会デザイン賞 2006/ Civil engineering design grand prize 2006, JSCE: Japanese Society of Civil Enginieers
https://www.jsce.or.jp/committee/lsd/prize/2006/works/2006g1.html
Good Design Award 2007: The Kinoppu Coast Project − Wave-shaped construction vitalize the people
http://www.g-mark.org/award/describe/33790
(テナガサマ伝承)
千葉一 (2015)「『海と生きる』− 順応的復興の模索」 『地域構想学研究教育報告』6 (東北学院大学、PDF)
http://www.tohoku-gakuin.ac.jp/faculty/liberalarts/regional/pdf/2015_1chiba.pdf