イタリア人写真家アレッシア・ローロ (Alessia Rollo) 氏の写真展「The Matter」が、益子町で、「土祭2021」関連企画として開かれています。その初日に、ローロ氏と、人類学、神話学を研究される石倉敏明・秋田公立美術大学大学院准教授を迎えてのトークセッション「万物の生命の根源、土をめぐる対話」が、イタリア、秋田、益子を結び、オンラインで催されました。ここでは、セッションの前半に行われた石倉氏の講演について書きたいと思います。
ローロ氏は、2019年2月に益子に滞在して制作をしました。そして、益子の人と手仕事とその素材とされる粘土などの関係に、神が万物を土からつくったと世界中で伝承されることを重ねて、主題が設定されました。被写体は、益子と周辺の人と、人が生み出す物と、土地でした。
石倉氏の講演「万物の生命の根源、土について」は、生命が土から生まれ、朽ちて土に還るという自然の摂理をいう神話や伝説が、他ならぬ私たちの生きる営みと直接つながっていることを、すっと実感させてくれるものでした。それによって、事実の記録にもとづく表現ではなく、ある場面を構成して撮影し表現されるローロ氏の写真作品は、私にとってとらえやすくなりました。
講演は、「超越者が土から人間をつくる、という神話は世界中で伝承」という説明からはじまり、次いで、日本でいえば天照大神が洞窟に身を隠した天岩戸隠れにあたる「太陽が土の中に隠れる」神話を例に、土と日、火の関係にふれられたあとで、「火による生とモノの変容」が「伝統的な土間と台所」で起こされてきたと語られました。
「肉を生で食べるとかたいが、火と器をつかってやわらかくにこむことができる。」そして、このことは、「腸の機能の拡張」といえると、石倉氏は話しました。私は、このようなことを考えるとき、肉と火の関係にのみ着目し、器について考えたことはありませんでした。「腸の機能の拡張」が、火と共に人が土などからつくる器が用いられて可能となることを理解し、新鮮に感じました。
講演で「家を守護する聖なる仮面: 『火と土の神』」として宮城県登米市、刈田郡蔵王町における例が紹介された「カマガミサマ」。粘土や木で作られた台所の神が家を守る。写真は、筆者が同県柴田郡柴田町で2018年9月に撮影。 |
これに続けて、石倉氏は芸術の起源と、人と物質、大地との関連にふれ、それに対する柳宗悦、芹沢銈介、濱田庄司、バーナード・リーチ (Bernard Leach) らの関心について紹介され、そのことが「民藝運動の初発の意識にも関係していなかったか」、「民藝運動における『土の思想』と見ることができないだろうか」と述べられました。私は、民藝運動のもとにある民衆的工芸に見当たる、物質の循環利用を生態学的に評価はしていました。しかし、氏の考えは、民藝運動の動機を人の歴史の古層に結びつけるもので、とても奥深く感じられました。
ここから、石倉氏は、奥津軽は相内の虫送り (青森県五所川原市) や秋田の人形道祖神 (秋田県能代市、湯沢市) の調査からわかったこと、考えたことを紹介されました。「大地に生きる精霊としての『虫』は、土から湧いてくるものであり、解体者であった。」「稲虫は、稲を解体する。食物を解体する虫もいる。」そして、津軽では、虫は飢饉による餓死者 (ケガチ。益子では、星の宮ケカチ遺跡の「ケカチ」が飢饉を意味する言葉として知られています) の転生した姿と伝えられてきたとの説明がありました。
生態学では、 生物の遺骸や排出物をえさとして、有機物を分解して無機物にする生物、微生物を分解者と呼びます。このことの理解は、社会の持続に物質循環が必要であることから、広がっているようです。しかし、一般に害虫とされる作物を食べる虫などを解体者と見ることは、自然のものごとの理 (ことわり) を素直に受け入れるために一層向く、物の見方であると感じました。
石倉氏は、講演のおわりに「内臓と外臓: 食と地域生態系の関係」というキーワードを示されました。「外臓」は、氏の造語とのことで、「腸の機能の拡張」を含んだ人と土や万物の生命などとの関係を指しています。とても大事なところですので、氏の発表スライドからその説明を引きます。「食と地域生態系の関係」とは、「ある地域の食材調達法、料理法、食事法」が「他のローカルな秩序と隣接し、互いに影響を与え合っている」ことであり、「地域の食文化は、人間が地域生態系とつながって成している、生々しい回路ともいえる。」
途中、石倉氏は自身がたずさわられる、不耕起で農薬と肥料を使わずに行う稲作についても紹介されました。私は、「食」「地域の食文化」を問題とする際に、地域における食料生産をまず思い浮かべます。それに対して、「地域の食材調達法」という見方は、食材が生産される箇所と調理場、食卓を、ある実感を持って結びつけて考えられていればこその言葉の選び方、概念の用い方によるのではないかと感じました。
そして、この文脈のなかに「火による生とモノの変容」があり、そこには「肉を生で食べるとかたいが、火と器をつかってやわらかくにこむことができる。」ことなどが含まれ、「腸の機能の拡張」が、火と共に人が土などからつくる器が用いられて可能となると石倉氏がいわれたことを、私の備忘のために、ここにもう一度写しておきます。
私にとって、石倉氏がいわれることの一つひとつが実際的で、講演を聴き、ふだん何気なく感じている日常の奥底、根源にある、ものごとの理、流れを、今までになく実感、直視できたように思います。突き詰めれば、生に必要なことを、私たちは生きるために日々行おうとしています。その本質、核心にあることを、根源的なことというのだろうと、まだ十分に整理はできていませんが、私は感じました。
奥深い生の実感、認識をもって、ここ益子で日常を送ることができていけそうな素晴らしい講演を、石倉敏明氏より益子の私たちへお贈りいただけた気持ちです。興趣に満ちたかけがえのない時間を、週末の午後に過ごせました。ローロ氏、石倉氏をはじめ、関係者の皆様に最大級の感謝を表します。ありがとうございました。
写真展 Alessia Rollo “The
matter”フライヤー (表面) |
土祭2021関連企画|写真展 Alessia Rollo “The
matter”
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日程: 5月22日(土) から6月6日(金)
10:00-18:00 (初日のみ15:00まで)
会場: ヒジノワ cafe&space
主催:
Alessia Rollo/European Eyes on Japan vol.21 栃木/益子展
実行委員会
協力:
Matera Basilicata 2019
助成:
EU・ジャパンフェスト日本委員会
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日程: 5月22日(土) 16:30-18:30
構成: 1部 石倉敏明氏講演
2部 アレッシア・ローロ氏、石倉敏明氏対談
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進行:
菊田樹子
(European Eyes on Japan アーティスティック・ディレクター)
通訳: デイ麗奈
企画運営: 簑田理香 (地域編集室簑田理香事務所)
参照
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Alessia Rollo ウェブサイト
http://www.alessiarollo.it/
土祭2021|写真展 Alessia Rollo “The
matter”
https://hijisai.jp/program/k-02-1/
秋田公立美術大学|教員紹介|石倉敏明
https://www.akibi.ac.jp/teacher/7039.html
土祭2021|トークセッション「万物の生命の根源、土を巡る対話」
https://hijisai.jp/program/k-02-2/
天岩戸神社ウェブサイト
https://amanoiwato-jinja.jp/
京都大学大学院文学研究科・文学部|思想家紹介 柳宗悦
https://www.bun.kyoto-u.ac.jp/japanese_philosophy/jp-yanagi_guidance/
静岡市立芹沢銈介美術館|芹沢銈介について
https://www.seribi.jp/serizawa.html
公益財団法人 濱田庄司記念益子参考館|濱田庄司
https://mashiko-sankokan.net/top/about/
独立行政法人 国立文化財機構 東京文化財研究所|バーナード・リーチ
https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9783.html
日本民藝協会|民藝とは何か
https://www.nihon-mingeikyoukai.jp/about/
文化財オンライン|相内の虫送り
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/241103/1
ÉKRITS〈エクリ〉|外臓と共異体の人類学 More-Than-Human Vol. 7 石倉敏明 インタビュー (聞き手: 唐澤太輔)
https://ekrits.jp/2020/12/3980/
ファームガーデンたそがれ
http://tasogare.akita.jp/
追記 (2021/06/10)
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同展初日トークセッションの記録が公開されました。