2020/10/29

生態系を基盤とした防災・減災の実現に向けた総合科学的課題 Comprehensive scientific issues for realizing ecosystem-based disaster risk reduction (Eco-DRR)  

 

 

2020/10/29
国際津波防災学会公開検討会発表スライド
Presentation slides of the Public Review Meeting of the International Tsunami Prevention Society


 2004年のインド洋津波発生以降,国際的に注目を集めてきた“Ecosystem-based disaster risk reduction: Eco-DRR (生態系を基盤とした防災・減災) ”2011年に発生した東日本大震災からの災害復旧・復興事業におけるごく一部で,主に被災地住民や彼らを支援した研究者,技術者から採用が提案された.しかし,生態系サーヴィスの十分な享受が可能な形で提案が実現した例は,皆無に等しい.


 本講演では,発表者が複数の東日本大震災津波被災地で災害復旧代替案作成に携わった経験から,日本で生態系を基盤とした防災・減災の実現を目指す際に解決が必要と考えられる課題群 (幾つかは災害復旧・復興において本来必須) を総合科学的に指摘する.

 自然科学的課題としては,当地の地質構造,地形発達史の理解とその防災・減災への活用の検討や,それを合わせて海岸という海陸の境界・移行領域における物質交換・循環と生物生産等の持続を図り,生態系サーヴィスの基礎条件を保全すること等が挙げられる.

 社会科学的課題については,地域社会における歴史的・構造的な住民間の抑圧的関係等の解消を目指した公正な合意形成方法の開発や,社会的費用,外部不経済の発生を抑え得る環境・生態経済学的に妥当な地域の行財政,企業活動への転換を図ること等を挙げる.

 人文学的課題としては,災害に遭いストレスや心的外傷を負った地域住民が,その中に生きて形成に関与してきた「生活世界」「風土」の根拠不明瞭な改変から心理的・生理的に二次被害に遭わないよう留意すべきこと等が挙げられる.


 災害復旧・復興は,市場経済原理,近代合理主義,学問の専門分化,日本社会における前近代性の残存等の問題を解消しようとしない土木工学,行政ではなく,生態系を基盤とした防災・減災を一手段として人間の安全保障を目標に計画,実行する必要がある.

 その中では,地域の自然に人為が加えられて形成されてきた地域環境の総合科学的理解が求められ,理解は当地に生きる地域住民の協力も得て進められる.その工程は,地域環境,地域共同体の形成過程とそこに内在する問題を地域住民と理解することに結びつけられ,そこから地域の情況に対応した公正な合意形成方法の開発にも発展可能である.


謝辞
 菅原圭子氏の許可を得て、同氏が作成・公開されるFacebookアルバムより写真と文章を引用しました。ご厚意にお礼申し上げます。

*研究者検索サイト researchmap より、発表要旨をダウンロードしていただけます。


























2020/10/18

都市に残る自然的環境の公共利益評価: 千葉県松戸市の矢切耕地を例として Assessing the public benefits of the remaining natural urban environment : In case of the land use on arable land at Yagiri area and surrounding natural environment, in Matsudo City, Chiba Prefecture



2020/10/18

日本地理学会2020年秋季学術大会発表スライド   

Presentation-slides of the 2020 Autumn General Meeting of the Association of Japanese Geographers




 千葉県松戸市矢切地区で進む大型物流拠点計画から、歴史ある、そして現代においては新たにさまざまな環境便益を人間にもたらすことになった面積約100 haの耕地を守ろうとする方々がいます。


 この方々からの依頼を受けて、耕地ひいては地区が持つ環境価値、人間の安全保障に対する貢献を検討する研究奉仕活動を2019年秋から始めました。

 その結果の一つを2020920日に日本景観生態学会第30回大会で発表しました。これに続いて、1018日に日本地理学会でも主題を違えて研究発表を行いました。こちらは、同地区で農業を営む唐澤圭輔氏と共同研究を行ったものです。同氏とも話し合い、先の
日本景観生態学会大会発表と同じく、市民と市に利用いただけるよう発表要旨とスライドショーを公開します。 

 ここでも調査と議論に協力いただいた矢切の耕地を未来につなげる会の方々に、深謝いたします。

 以下、発表要旨本文とスライドを載せます。



I 研究の背景と目的

 近年、都市農業振興基本法制定 (2015) や農地を緑地政策体系に位置づけた都市緑地法改正 (2017) があり、これらに基づいて都市農業の多様な機能を保持するための各種計画が実行されている。しかし、その中には土地開発に関した地方公共団体の行政方針決定が上記の法の基本理念にそぐわず、生態系サーヴィス保持等の公共的利益確保を含んだ両法律の理念が具現化されず、外部不経済の発生から市民が不利益を被る可能性が推定される例が見当たる。

 本研究は、上記の立法と地方行政の齟齬の検証を動機として立案した。ただし、事例とした耕地は後述するように周辺と合わせて都市に残る自然的環境と見なせ、ここではその公共的利益評価を目的として設定した。

 

II 調査地

 矢切耕地は、千葉県北西部の松戸市(人口493,5321))に所在し、江戸川をはさんで東京都葛飾区柴又に面した矢切低地に位置する。面積は約100 haで、「矢切ねぎ」2) が130年以上3) にわたって生産されてきた歴史を有する。また、矢切低地が接する下総台地西縁の一部との境界の斜面林1.9 haは、矢切特別緑地保全地区として指定されている。

 なお、松戸市は農業振興地域制度を用いず4) 、市街化調整区域指定により農地転用を制限してきたが、201711月に矢切耕地での民間物流拠点 (15 ha) 整備構想が表面化している5)

 

III 関連法規・計画等

 関連法規に前述した二つの法や都市計画法 (2020改正) 、景観法 (2018改正) 、関連計画に「松戸市都市農業振興計画 (2019) 」「松戸市緑の基本計画改訂版 (2009) 」「松戸市都市計画マスタープラン (1999) 」「松戸市景観計画 (2011) 」「松戸市地域防災計画 (2014修正) 」などがある。

 

IV 方法

 都市農業振興基本法第3(基本理念) に書かれた「農産物の供給の機能」を含む都市農業の「多様な機能」を矢切耕地がどう持つか検討し、公共的利益を評価する。この中の都市防災については、都市緑地法第5条第1項にある「災害の防止」等と関連づけられるグリーンインフラストラクチャーとして機能し得る面に着目する。

 

V 考察

 本研究より、矢切耕地とその土地利用が、江戸川、矢切低地、斜面林、台地の空間的連続・変化の中で「多様な機能」を発揮することが確認された。ことに、矢切低地の微地形と土壌、地下水流動に対応した土地利用上の積極的な活用や非積極的な遊休、矢切斜面林の特別緑地保全地区指定といった人間活動の結果生じる環境の諸様態と生物相の相関から、自然的環境が都市に残り “Urban natural capital (都市の自然資本) ”となるためのいくつかの条件が示唆された。

 

VI 展望

 今後は、これらの情報の市民間における共有を図る上に、都市に残る自然的環境、都市農業の公共的利益の確保を基本とした議論が導かれる必要がある。

 

 

 

1) 202061日現在。松戸市人口統計データ「常住人口」より

2) JAとうかつ中央により2007年に登録商標が取得される  http://www.ja-toukatsuchuou.or.jp/nogyojoho.html

3) 渡邊夏帆・大江靖雄 2015松戸市矢切ねぎ生産者の農産物高品質化への意欲と生活満足度食と緑の科学 69: 47-53.

4) 松戸市 2019松戸市都市農業振興計画

5) 青柳正悟・古賀大己 2018/4/9.(千葉) 松戸・矢切に物流拠点構想−揺れる農家、市は困惑.朝日新聞デジタル  https://www.asahi.com/articles/ASL4L5175L4LUDCB00Q.html

 

 *発表要旨のPDFが、researchmapよりダウンロード可能です。