2020/06/08

種苗法改正案の不明点を整理する Sort out the unclear points in the proposed amendments to the Plant Variety Protection and Seed Act





はじめに


 風景は、風土の姿と考えられる。風土は、地域の自然に人々が暮らしや生業を通してはたらきかけながら、その全体としてかたちづくられ、共に観るに至った、人々が共に生きるいわば地域世界と考えられる。


 農村や漁村では、人々が食料を生産・採種する農地や浜・磯・漁港、生産・採種の根本となる物質循環、生態系保全および生業に用いる具の生産地となる山林・河川などが、風土そして風景を主に成している。



遠野盆地。高清水展望台より俯瞰。岩手県遠野市松崎町、2018/06/29


 2020年の第201回国会 (会期: 2020/01/20 − 06/17) に提出された「種苗法の一部を改正する法律案」01) の同国会での成立は、新型コロナウイルス感染拡大に対応した2020年度第二次補正予算案などに割く審議時間の確保の優先から、与党が見送ることになると報じられている (2020/06/07 現在) 。

 この改正案が、地域の農村と農業に影響を及ぼせば、その影響は地域の持続可能性に及び、地域の風土、風景にも及ぶことになる。そのため、風土形成の一環となる環境デザインを志向する研究者・技術者として種苗法改正案について知ることは欠かせないと考え、同法と改正案の理解を試みた。

 作業の結果は、1. 種苗法改正案の不明点、2. 種苗法成立の背景を確認する…の2項目にまとめた。以下にそれを載せる。


出典:
01) 内閣法制局|種苗法の一部を改正する法律案






1. 種苗法改正案の不明点


 農林水産省は、種苗法改正の目的を、新品種の国外流出を防ぐ目的から「より実効的に新品種を保護する法改正が必要」としている01)

 この改正では、新品種を育種して品種登録した育成者の権利が強化される。ただし、新品種の国外流出は、国外での品種登録を進めない限り防げないとの見方がある02)

 他方、品種登録がされた登録品種の自家増殖は、法改正による育成者権の強化によってこれまで農家が自由に行えたものが許諾制となり、農家にとっては手続きと支出が増えて制約される。

 育成者権の強化は、2017年3月の種苗法施行規則改定とも関係する。同法第二十一条では、第二項で基本的に登録品種の農家による自由な自家増殖を認めながら、第三項で栄養繁殖による自家増殖を制限してきた03) 。その対象品目は、2016年まで82種であった。しかし、種苗法施行規則改訂に際して第十六条で登録品種のうち自家増殖に許諾を必要とする品目を決めて以来大きく増やされ04) 、2019年には387種に達している。「農家の不安はここに由来する05)

 このことについて、農林水産省は、「種苗法上は、農業者は一定の要件の下に自家増殖が認められているが、植物の新品種に関する国際条約 (UPOV91年条約) 上は、農業者の自家増殖は原則禁止されており、EU等の主要先進国の制度とも乖離している状況にある」「このため、自家増殖については、植物の種類ごとの実態を十分に勘案した上で、生産現場に影響のないものから順次していくこととする」と述べている06)

 しかしながら、農林水産省は、一般品種 (「在来種、品種登録がされたことがない品種、品種登録期間が切れた品種」07) は法改正されても「現在利用されている品種のほとんどは一般品種であり、今後も自由に自家増殖ができます」と説明している08) 。その一方で、同省資料の一覧表に記載される主な一般品種にはF1品種 (一世代に限り、形が揃い安定した量で収穫が得られる) が並ぶ。トマトでいえば、「桃太郎」「りんか409」「アイコ」の3種ともF1品種であるが09) 、その欄の下に「現在も、種苗法が改正されても自家増殖を含め利用は制限されない」とある。そして、同じ表には「我が国の農産物の品種」において一般品種が占める割合が野菜の場合91%とある10)

(廣瀬見解)
 ただし、45県の1,055経営体を対象としたアンケート調査では、登録品種のうち野菜の自家増殖を行う割合が74.5%を占めていた11) 。これらの値の比較検討は行えないが、「現在利用されている品種のほとんどは一般品種」であるとしてもその多くがF1品種であれば自家増殖自体が行えず、上記アンケート調査で登録品種野菜の自家増殖を行っていると回答した農家が法改正後も自家増殖を続けるならば、手続きと支出が増すことになる。


 農林水産省は、「種苗法において保護される品種は、新たに開発され、登録された品種」に限るとしている12) 。そして、種苗法改正案の第三条に「品種登録の出願を前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」 とある13) 。この「特性」は、第二条 (改正案での変更はなし) で、「重要な形質に係る特性 (以下単に『特性』という) 」と書かれる。また、第四条は、改正案での内容の変更はなく (仮名から漢字への書き換えがあるのみ) 、「品種登録は、出願品種の種苗又は収穫物が、日本国内において品種登録出願の日から一年遡った日前に、外国においては当該品種登録出願の日から余年遡った日前に、それぞれ業として譲渡されていた場合には、受けることができない」としている14)

(廣瀬疑問)
 以上の条文に対して、「公然知られた」「重要な形質に係る特性」の判断の根拠が不明確ではないかとの疑問を持つ。一般品種のうち「品種登録期間が切れた品種」は、行政記録があるが、残る「在来種」「品種登録がされたことがない品種」は、すべて把握できるのか。できなければ、「公然知られた」「重要な形質に係る特性」の判断の根拠が揃わないことにならないか。それにもかかわらず、種苗法改正案の第二十一条第二項に「登録品種、登録品種と特性により明確に区別されない品種」の「種苗を生産する行為」については、育成者権の効力が及ぶと規定される15)


 「登録品種と特性により明確に区別されない品種」とは何か。そして、特性が明確に区分できない品種があると予めわかっていればどうしてその品種は登録できるのか。また、その程度の既存品目の調査で登録ができるならば、「公然知られた」品種の把握も不十分に行われる可能性がないか。そうなると、著名な伝統野菜のように広く知られることなく地域で継承されてきた品種が「公然知られ」ないものと位置づけられ、それに類する特性を持つ新型品種が登録された後、地域で継承されてきた品種にも「登録品種と特性により明確に区別されない品種」として育種者権が及ぶことにされないか。


出典:
01) 農林水産省|種苗法の一部を改正する法律案について|よくある質問
   https://www.maff.go.jp/j/shokusan/shubyoho.html


02) 「やっぱり『農家の自家増殖、原則禁止』に異議あり!」『現代農業』2018年4月号、
   農山漁村文化協会、334-347頁
   http://www.ruralnet.or.jp/s_igi/image/gn1804_01.pdf 

03) 種苗法|総務省|電子政府
   https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=410AC0000000083

04) 種苗法施行規則 (平成十年農林水産省令第八十三号)|総務省|電子政府
   https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=410M50000200083


06) 農林水産省食料産業局「農業者の自家増殖に育成者権を及ぼす植物種類の追加について」
   2017年
   https://www.maff.go.jp/j/council/sizai/syubyou/17/attach/pdf/index-35.pdf

07) 農林水産省|種苗法の一部を改正する法律案について

08) 農林水産省|種苗法の一部を改正する法律案について|よくある質問

09) 農林水産省|主な登録品種と一般品種の例
   https://www.maff.go.jp/j/shokusan/attach/pdf/shubyoho-7.pdf

10) 同上

11) 農林水産省|農業者の自家増殖検討会配布資料|第2回 農業者の自家増殖に関する検討会|
   資料2 平成27年度自家増殖に関する生産者アンケート調査結果について
   https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/b_syokubut/jikazou.html

12) 農林水産省|種苗法の一部を改正する法律案について

13) 農林水産省|第201回国会(令和2年常会)提出法律案|種苗法の一部を改正する法律案|
   新旧対象条文
   https://www.maff.go.jp/j/law/bill/201/attach/pdf/index-27.pdf

14) 種苗法|総務省|電子政府

15) 同上




2. 種苗法成立の背景を確認する


 『現代農業』2018年9月号に掲載された松延洋平・元農林水産省種苗課長へのインタヴュー記事内容を以下に要約する16)

 種苗法は、「流通する種苗を取り締まる『指定種苗制度』と、新品種保護のための『品種登録制度』」の二制度を主として、1947年成立の農産種苗法に拠らず一から制度設計をしたものである。

 (1952年、農産種苗法から分離独立するかたちで、米麦など穀物の安定生産に寄与する種子法が成立。)

 農家によるしばしば育種にも発展していた自家増殖、国や都道府県の研究者の育種への努力にも応えたいと、栽培植物の知的財産権を認められるように種苗法を起案する。

 それは、省内で一度保留されたが、当時の若手民間育種家の陳情をきっかけとして、1978年に成立する。ただし、上記の通り農家の自家増殖を制限する意図はなく、むしろ育種の未来のために肯定した。しかし、制定から20年後の1998年から、当初は徐々にではあったが、農家の自家増殖が制限されるようになっていった。

(廣瀬意見)
 日本は、前述の農業者の自家増殖を原則禁止する内容を含む (それについては後述する「農業者の権利」に対応した任意例外規定も設けられる) 「植物の新品種の保護に関する国際条約」 (UPOV91年条約) 17) と、「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約」 (略称: 食料・農業植物遺伝資源条約 / ITPGR条約) 18) に加入する。

 ITPGR条約では、「農業者が『食料及び農業のための植物遺伝資源の保全、改良及び提供』について果たしてきた」ことを評価し、「『農業者の権利』としての『植物遺伝資源』へのアクセス権と、『農場で保存されている種子その他の繁殖性の素材の保存、利用、交換及び販売について、並びに食料及び農業のための植物遺伝資源の利用に関する意思決定並びにその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分への参加についてこの条約において認められる権利』を規定する趣旨が明示されている」 19)

 松延氏の談にある「農家によるしばしば育種にも発展していた自家増殖」は、ITPGR条約における「農業者が『食料及び農業のための植物遺伝資源の保全、改良及び提供』について果たしてきた」ことの評価に通じる。それが具体的にどのようなことかについては、同氏の以下の発言を読めば判然としないだろうか。

 「その頃 (1960年代。廣瀬注) の農業は、振り返ってみると、かなり多彩だったと思う。自家採種はもちろん、農家の育種がまだまだ一般的だった。よりいい品種をつくろうというのは、農家の本能としてあったんだな」「広い野菜畑の中からとくにいい株を選抜してタネ採りしたり、果樹の枝変わりを見つけて育てたり、長年かけていい品種をつくる。そんな農家のオヤジが日本中にたくさんいた」「朝夕晩と畑に出て作物を観察してる。これは素晴らしいというのが育つと、近所の農家に配ったりして、場合によっては、タネ屋が来てひとつ譲ってくれとなる。そしてしばらくすると、もう誰が育てた品種かわからなくなってしまうことがある」「ある日、毎日新聞に載った投書が今でも忘れられないよ。自分は奇人変人といわれながらも、長年かけてこれぞという品種をつくり上げた。しかし、名前も何も残らないと嘆く内容だった。たしか、福島県の果樹農家だった」20)

 このようなことが、できるだけ多くの人々に多様な方法で、多様な地域の環境条件の影響を受けながら行われていくことで、「食料及び農業のための植物遺伝資源の保全、改良及び提供」ひいては人間の安全保障が世界の各地域でさまざまに農業にかかわる人々によって分担されながら可能となると考えられる。そのためには、育種家と農家の権利が共に守られる解を導き出すことが肝要となろう。

(廣瀬結論)
 1で種苗法改正案の不明点を挙げたことが適切であれば、それら不明点の解消が求められよう。また、2で成立の背景を確認した改正以前の種苗法の理念は、ITPGR条約や「小農と農村で働く人々の権利に関する国連宣言」21) (日本は棄権) に通じ、地球規模の環境問題や食糧問題の改善に向けて求められる国際社会の協力に臨む上で実際的であると評価できる。


 以上より、法改正に向けた多角的な議論はさらに続けられ、深められるべきであると考えられる。



出典:
16) 「続々『農家の自家増殖、原則禁止』に異議あり! – 種苗法の誕生秘話」『現代農業』

   2018年9月号、農山漁村文化協会
   http://www.ruralnet.or.jp/gn/201809/syubyouhou.htm

17) 経済産業省 特許庁|植物の新品種の保護に関する条約 (UPOV条約1991年法)
   https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/new_varieties_of_plants.pdf

18) 外務省|食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約
   (略称: 食料・農業植物遺伝資源条約)
   https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page22_000011.html

19) 神山前掲書 (出典05に同じ)

20) 出典16に同じ

21) 農林水産省|小農と農村で働く人々の権利に関する国連宣言
   https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/000485953.pdf