津谷・小泉地区の持続可能な地域経営のために
津谷川下流域の小泉地区では、国の防災集団移転促進事業にもとづいて高台移転への計画が定められています。
そして、同地区の低地部は気仙沼市条例に基づき災害危険区域に指定されて、今後人が住むことはなく、遠浅の砂浜海岸である小泉海岸にはもともと港湾などもありません。
しかし、人が住まず港もない低地へ、宮城県は高さ14.7mの防潮堤を建設する計画を進めました。
一方、当地区の生活者の中には、2011年の東日本大震災で防潮堤や河川護岸が破壊された経験から、また、低地に護るべきものがなくなったことから防潮堤は建設せず、その費用を津波発生時の避難に使える道路の整備ほかに当てられないかと考える方々がいました。
津波に遭って自然の海辺や川に戻ろうとしている当地の環境をそのままにおけば、実際的な災害教育によって子孫を守れる、さらには他の地区、地方から人々が訪れて同じ災害教育が受けられ、交流ができる…、その方が従前の工場誘致のような産業振興策よりも当地の特性が生かせ、持続可能な地域経済の再生が図れる…と、考える方々もいました。
私は、持続可能な土地・資源利用の地域的方法探究を旨とするランドスケイププランナー/ランドスケイプデザイナーとして、研究者有志でつくる任意団体「小泉河川海岸研究所」に加わり、上記のさまざまな方々が願う「防潮堤なき地域再生」が妥当か、そしてそれはどう実現できてそこにどのような可能性が見いだされるか、小泉地区、およびその上流部に位置する津谷地区を例に検討を試みました。
当地区をつらぬく津谷川の河床勾配は、河口から約4km上流に当たる津谷地区低地部まで3°未満とゆるやかで、2011年の津波もそこまで遡上しています。
それゆえ、防潮堤と河川護岸で水陸の境界をふさぐと、同年のようにそれらが破壊されなければ、同規模の津波の遡上距離はさらに長くなるであろうと考えられます。
また、現在の津谷・小泉両地区の低地は津谷川の氾濫からかたちづくられていて、同様に将来の洪水が起こる可能性も想定すべきです。
河川護岸と防潮堤で水陸の境界をふさげば、洪水による破堤時に氾濫した水が低地に流れ、被害が生じます。
加えて、水陸境界の遮断は生物が生きる環境の単調化を導き、生物多様性を損なって、人間への生態系サーヴィスを減じることに結びつきましょう。
このことは、国が定めた「生物多様性国家戦略」「生物多様性基本法」に背くもので、生態系サーヴィスの中の生物生産に立脚した食料確保や漁業等の生業の継続を困難にしかねない、つまりは人間の安全保障を不可能にし得る政策と見なせます。
津波に遭って、津谷川の河口と海岸は自然に引き戻されかけています。
小泉地区に住む方や縁のある方が、この状況をそのままにおきながら地域再生を図りたいと望んでいます。
自然の川と海、津波と地震が生じさせた津谷川両岸の湿地の群 *宅地や水田等への補償を要します 、そして津波に破壊された防潮堤、河川護岸、JR気仙沼線の鉄道高架橋 *JR東日本社の資産であり同社の権利の尊重が最優先されるべきことを明記いたします 、自然の岩塊等々をそのままにして、これら野生の自然と震災遺構との対比が、この地の風景を体験する人々に自然災害に対する人間のあり方を考えることをうながす、そのような土地に津谷川下流部から小泉海岸にかけて、津谷・小泉地区は、なるのではないでしょうか。
八戸市から気仙沼市までに至る、三陸海岸に含まれる一帯が「三陸ジオパーク」に 認定されたことを考えあわせると、こうした将来像は津谷・小泉地区の地域経営を持続可能にするために有効だといえはしないでしょうか。
上記の文は 2013/06/10 投稿の拙ブログ記事「小泉地区再生試案 − ジオパークとしての津谷川汽水域公園構想 A Proposal for the Koizumi District Revitalization Initiative: Designation of the River Tsuya Estuary as a Geopark − An Alternative to the Construction of a 14.7m-tall Concrete Seawall」を再構成したものです。
http://shunsukehirose.blogspot.jp/2013/06/proposal-for-koizumi-district.html
http://www.47news.jp/47gj/furusato/2014/03/post-1058.html |
http://seawall.info/ |
http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/courses/2013/.../graspp2013-5113090-3.pdf |
2. 宮城県計画と代替案を見比べやすく
以下の平面図は上に載せた透視図と同じ計画案を示したものですが、こちらは自主提案として作成しているために作業時間や費用の確保が難しく、A4版におさまる縮尺 1:20000 として引いていました。
その結果、自分たちにも津谷・小泉両地区にお住まいの方々にも実際の土地、空間との関係がわかりにくい図面である感は否めませんでした。
また、津波被災範囲を示した図や、宮城県作成の計画図などを合わせて見ながら検討しようにも縮尺や方位がまちまちで、比較検討が困難な状況がありました。
それゆえに、縮尺と方位、および図面表現等を揃えて、土木技術の専門家ではない津谷・小泉地区にお住まいの方々や、津波被災地における現行防潮堤建設計画に対して問題意識をお持ちの方々に、津波被災範囲図、宮城県計画図、そして私たちが作成する代替案が見比べやすくなるように図りました。
3. 代替案の説明
まず、津波被災範囲図と宮城県計画図を掲載します。
縮尺は、地図を見ながら両地区各所の様子を頭に思い浮かべやすい 1:10000 に統一しました。
The extent of Tsunami devastation (The Association of Japanese Geographers) |
Miyagi Prefecture Disaster Recovery Plan |
治水においては、堤防に守られた内側を堤内、または堤内地と呼びます。
宮城県計画案では、海岸の汀線と河道外周にそれぞれ海岸堤防、河川堤防を連続して設ける工法が選ばれ、その「内側」で津波や河川洪水による浸水が起きた際のことは考えられていないように受けとめられます。
そのため、上の図では2011年の津波被災範囲のうち「減勢範囲外」に当たるところを赤色で示しています。
次に、小泉河川海岸研究所が作成した代替案三案のうち、一つ目の「面的減災案」を説明します。
Alternative Proposal - Plan A |
この案は、津谷川がつくった谷底の低地部の縁に一段高く通された道路の法面を補強するなどして基本的な避難経路の確保に努めながら、三陸沿岸道路を防潮堤と兼用とし、それより海側の低地と海岸、遠浅の前浜を、津波の勢いを衰えさせるために利する考え方に基づきます。
こうした地形の利用は伝統的に治水の基本とされてきていました。
それを、ここでは「面的減災」と呼んでいます。
国道45号線は橋梁状とし、その下に既存河川堤防と同じ高さで高潮などに対応する堤を広くもうけ、防潮林をつくり、この地盤を超える津波が訪れた際にはそれが橋桁の下をくぐって上流側へ流れます。
なお、人の住まない小泉地区低地部を最大限に生かして水を受けることで津谷地区への遡上を防ごうとするとともに、河川洪水による被害の軽減も図りたい考えです。
このように減災に用いたい、いわば減災用地は、防潮堤建設用地を取得するのと同じ理由から、国なり地方公共団体なりが所有者から買い上げることが妥当と考えられます。
上記の通りで、非常時の防災のみならず平時の生物生産から生業、ひいては地域経済、地域経営の持続までにいたる総合的な人間の安全保障が満たされることを思い出せば、十分にその公益性が評価できるはずです。
それから、私たちの代替案においては堤内地が宮城県計画よりも減り、津波被災範囲のうち減勢範囲外として残る箇所も減ります。
ただし、低地部を囲む谷津状の箇所のすべてがそれに該当し、それぞれに規模によっては津波を遡上させて減勢させるか、それともなんらか遡上を防ぐ方法を講じるべきかは、土地を持つ方や周辺に住む方ともども今後検討を行う必要があります。
続いて、埼玉県に発して東京都を通り東京湾へ注ぐ荒川などに見られる「横堤 (よこてい) 」に着想を得た二つの案、「横堤案」を説明します。
Alternative Proposal - Plan B-1 |
Alternative Proposal - Plan B-2 |
これら二つの案の違いは、海岸部の横堤の角度だけで、「面的減災案」をA案としたのに対して、B-1案、B-2案と呼び分けています。
横堤は、簡単には河道に直交させた堤防をもうけ、水の流れを一度狭めてから拡散することで減勢する工法といえます。
ここでは、それを津波の力をまともに受けずに済むように海側へ斜めに突き出すことを基本に応用を試みていますが、B-1案は海岸部での砂浜の成長の過程を考慮し、かつ2011年の地震による地盤沈下と津波による洗掘が組みあわさってできた海岸湿地の保全を大切に、捨て石工が仮設された左岸湿地の縁に沿わせて横堤を整備する提案としています。
B-2案は、横堤の機能と効果に則して海岸部の横堤を海に突き出す角度で整備する案としています。
これらの案は、海岸生態工学、河川技術、生態学的土地・資源利用技術等の総合を、地域の「生活知」をあわせて試みながら作成したもので、模擬実験は行えずもっぱら水理学的原理と生態系サーヴィスなど治水、減災の他に人間生活・活動のために必要なことどもを一度に解く方法を模索したものです。
ここからは、小泉河川海岸研究所としてではなく廣瀬個人の見解を記します。
代替案の作成、提示は、このように総合的観点をもって災害復旧代替案を検討することの可能性、ひいてはその意義と必要性について問題提起をすべく行いました。
また、それら代替案と宮城県計画、そして津波被災範囲図等を、土木技術の専門知識を必ずしも持つわけではない地区住民の方々に見比べていただくための資料作成の工夫が肝要であるとの考えから、縮尺、方位、図面表現を揃えた本稿3項以下の図面群を用意しました。
自主活動としてここでの災害復旧代替案作成に携わっているため、費用と時間の確保に苦心する状況が続きますが、東北地方で大学教員を11年間務めた者の責務と考えて、私は東日本大震災被災地の復興支援に今後も関係して参りたい所存です。
追記
2014年6月4日、海岸法改正が参議院本会議で可決しています。
その要旨を以下に挙げて本稿を終わります。
http://www.mlit.go.jp/river/kaigan/main/kaigandukuri/seido02_01.html |