2025/12/20

里山循環ネットワークによる「益子町ランドスケープ計画」への意見書提出について Submission of Comments on the 'Mashiko Landscape Project' by the Satoyama Cycle Network

 

 

 

 

安善寺棚田での稲刈り風景。2025923撮影: 簑田理香


1. はじめに

 

 栃木県益子町に拠点を置く「里地・里山の手入れや自然のめぐみの暮らしへの活用、遊休農地の活用などを行っている『生活者』のつながり」が、里山循環ネットワーク1) です。私は、そのアドバイザーを務めています。


 

2. 山林で進む太陽光発電と町の対応

 

 八溝山地中南部の西縁に位置し、関東平野に面する益子町でも、建物の屋根や平地、台地面のすでに拓かれた土地にではなく台地の斜面や丘陵、山地に木々を伐採して太陽光発電設備を設置する動きが、次第に活発になりつつあります。

 202012月、町はこの問題に対処するために条例を制定し、「設置抑制区域」を定めて「本町の自然環境、景観及び安全安心な生活環境の保全のため、発電設備の設置事業を行わないよう設置事業者に協力を求めるものとする」(7) としています2)


 

3. 町による「ランドスケープ計画」への意見募集

 

 同条 (設置抑制区域)4号には、「本町を象徴する優れた景観として、良好な状態が保たれている区域」が位置づけられています。町は、それを定めたものが「益子町ランドスケープ計画」(20203月策定) であるとしていて、用語は異なりますが、おそらく同条例第7条第4号の区域が「益子町ランドスケープ計画」における「ランドスケープ計画エリア」に当たるようです。20259月、町は、太陽光発電設備設置抑制の実効化を目的とした「ランドスケープ計画エリア」の見直しについての意見募集を行いました (募集期限: 2025930) 3) 。私たちは、これに応じて意見書を提出しました。

「益子町ランドスケープ計画」に関しては、町のウェブサイトでご覧いただけます4)

 同計画に対しては、さまざまな問題が見当たり、私は町民有志と共に町と町議会への陳情を一度、町への意見書提出を一度、質問書提出を一度ずつ行ってきました。以下は、2021102日にその周知をとFacebookに投稿した記事のリンクです。


「暮らし手が生活と生業を通じてかたちづくった益子の風景が、『益子町ランドスケープ計画』によって変質されそうです」。(2021/10/02 投稿
) https://x.gd/g4JyD

 同記事に紹介のある当ブログの記事のリンクも載せます。

ブログ 東北風景ノート|「益子町ランドスケープ計画」についての論考
https://shunsukehirose.blogspot.com/2021/09/essay-on-mashiko-landscape-project.html


 

4. 提出した意見の趣意

 

 今回の意見書提出では、改めて、景観法に基づく景観行政団体が策定する景観形成基本計画とは異なり、法的根拠を持たない5)「益子町ランドスケープ計画」に、太陽光発電設備設置事業に対する「設置抑制区域」を位置づけても実効性は伴い得ないことを指摘しました。

 

 また、仮に同計画が景観法に基づいていたとしても、そもそも大規模太陽光発電設備の整備を巡る裁判では景観利益の法的保護性自体が認められなかった例があるなど、景観を根拠として同設備の規制がつねに十分に行なえるかどうか自体疑わしいところがあります6)

 

 

5. 課題の提示

 

5-1 流域管理
 

 加えて、上記の条例第7条では、第4 (本町を象するれた景として、良好な状が保たれている区域) の他に第1号で県立自然公園 (自然公園法) 、第2号で土砂災害警戒区域 (土砂災害防止法) および砂防指定地 (砂防法) 、第3号で歴史的又は郷土的な特色を有している区域を設置抑制区域としていますが、それぞれは小規模で散在しています。ことに、第2号の土砂災害警戒区域と砂防指定地は、概ね土砂災害の発生想定区域を指し、発生原因に対応するには、これらの区域を含む流域の山林で乱伐が行われ表土が流亡することで雨水表面流がより多く、より強く流れるようになり、災害発生の確率と規模が大きくなることの予防 (防災)、および軽減化 (減災) を、流域管理によってめざすことが求められます7)。しかし、「益子町ランドスケープ計画」では、流域管理について述べられていません。


 ところで、冒頭に載せた写真に写る田で、私たち家族は、友人家族と米作りに携わっています (写真に写っているのは私と友人です) 。この田は、私と同じく里山循環ネットワークのアドバイザーを務める西山未真・宇都宮大学教授 (農業経済学/農村社会学) の研究室が運営する「里山キャンパス益子家」8) が、地元の地権者から農地を借りて自らも耕作を行う他、希望者の耕作を有償で支援する実践を行っている中の一枚です。


 この田は、「益子町ランドスケープ計画」で「ランドスケープ計画エリア」に位置づけられています。以下の図 (同計画により作成された原図の出典は注49に示した) にあるように、当初この田の周囲は「景観配慮エリア」 (「ランドスケープ計画エリア」に変更される前の名称であるようです) に指定されていました9)
しかし、現計画では東側の山林が除外されています。田を作るには水が要り、水は田をむ山林でわれて流れ下り、染み出してくるもので、こうした自然的な条件が整うことでこの田と周辺の山林から成る景観は保ち得ます10)。ここでも、流域管理が求められることになります。

 

 

意見書別紙「『ランドスケープ計画エリア』設定の実効性検討」里山循環ネットワーク(2025/09/19 廣瀬俊介作成)。原図出典は注49を参照

 5-2 公益的機能の対価を支払う必要性

 そして、上記の自然的な条件に加えて、この地に先人が築いた田で耕作を続ける人々や、山林の木々その他を利用、管理する人々がいることで、農地と山林からなる景観が引き継がれることになります。これは、当然ながら (無償/有償の別なく) 奉仕活動で続け切れるものではなく、里山キャンパス益子家も経営の持続の問題に正面から取り組み、私たちも利用する農地オーナー制度の工夫などを行っています。


 農林業経営は、ほぼ市場経済に委ねられてきました。その結果、人口減少と相まって、十分な収入が得られない中、農地で耕作を続ける人々や山林を利用、管理する人々は著しく少なくなりました。この問題に対する認識が、「益子町ランドスケープ計画」と「益子町の里山風景と太陽光発電設備設置事業との調和に関する条例」には欠けています。私たち里山循環ネットワークは、このことを意見書で指摘しました。

 根本的に、「森林は、生物多様性の保全、土砂災害の防止、水源のかん養、保健休養の場の提供などの極めて多くの多面的機能を有しており、私たちの生活と深くかかわっています」11) 。しかしながら、民有林の場合、森林の多面的機能を社会に提供する役を担いながら、土地所有者はさらに維持管理にかかる費用や固定資産税を負担しています。一方、森林の生態系サービスを受ける側はそれに対してほとんど何も支援や補償をしていないという問題があります。

 一般社団法人日本林業経営者協会は、「治山治水やCO2吸収という公益的機能は、林業という産業活動があって初めて存在する。もし、林業活動を伴わずに、別の方法で治山治水やCO
2吸収を行おうとすれば、膨大な財政コストが必要である。林業の外部効果として上述の公益的機能を享受することが、一番安上がりである。林業経営の支援を行うことは、国民が最も安いコストで公益的機能を享受できることを意味する」として、「直接支払い制度」、所得保障を提言しています12)


 

6. 山林荒廃のその他の要因

 

 意見書では、太陽光発電設備設置に持続的ではない皆伐、建設残土の山林への不適切な埋め立て13)、栃木県南部でナラ枯れが進むことなどを合わせた山林の荒廃に、人為的な気候変動の影響が重なることの問題について説明しました。また、太陽光発電設備整備の適所への誘導が求められるのではないかという問題意識や、使用済み太陽光パネルのリサイクル義務化に関して環境省と経済産業省が共同で検討を進めていることなどについてもふれています。

 

 

7. 結論と提言の補足

 

 景観を表面的にしか見ることができずに策定された「益子町ランドスケープ計画」では、深刻な山林荒廃の問題への対応ができません。私たちは、これらの諸問題を総合的に検討することが可能な専門会委員会と、これを支える技術者集団が対応に当たるべきであると考え、このことも意見書で述べています。



:

1)  里山循環ネットワーク http://editorialyabucozy.jp/satoyama/

2)  益子町|益子町の里山風景と太陽光発電設備設置事業との調和に関する条例 

   https://www.town.mashiko.lg.jp/reiki_int/reiki_honbun/e122RG00000823.html

3)  益子町|回覧 益子町ランドスケープ (景観) 計画について 

   https://www.town.mashiko.lg.jp/data/doc/1756362591_doc_126_0.pdf

4)  益子町|益子町ランドスケープ計画について https://www.town.mashiko.lg.jp/page/page002748.html

5)  栃木県25市町のうち、景観法第8条に基づいて独自の景観計画を定めることができる景観行政団体は15市町で、益子町は含まれない。出典: 国土交通省|景観法の施行状況 (令和7331日時点) 。 https://www.mlit.go.jp/common/001489144.pdf

6)  黒坂則子. 2020. 不動産法の最前線 太陽光発電設備の設置をめぐる裁判例の動向. 日本不動産学会誌 34 (2). 95-100 DOI https://doi.org/10.5736/jares.34.2_95

7)  冨田陽子・森 俊勇・武藏由育・鈴木伴征・水山高久. 2015. 流域管理システム (WMS) を用いた住吉川流域における砂防堰堤の流出土砂量低減効果の評価事例. 砂防学会誌67 (5): 30-36DOI https://doi.org/10.11475/sabo.67.5_30

8)  里山キャンパス益子家 https://www.instagram.com› mashikoya2022

9)  益子町ランドスケープ計画 https://mashikolandscape.wixsite.com/home

なお、このウェブサイトにはコピーライト表記があり、同計画をまとめた冊子にもこの計画書は著作権法によって保護されているものです。したがって、著作権を有する益子町の許可なく、この計画書の全部又は一部について、使用又は利用もしくは改変することは固く禁じられます」と記載される。しかし、意見書と本説明文では、著作権法に規定のある著作権の制限に基づいて、批判的検討を加えるために引用をした。ただし、原図には地図、空中写真の出典が示されておらず出所が不明である。


第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。出典: 総務省|e-GOV https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC0000000048/20240101_505AC0000000033#Mp-Ch_2-Se_3-Ss_5

10) 以下の研究におけるシミュレーションより、「基岩地下水」といわれる土壌の下の岩の中にある水の流動が、渇水をやわらげる森のはたらきの一端を担い、こうした森林土壌と基岩の関係もまた森林の水源涵養機能において重要な役割を果たしているとの知見が得られた。益子町域にも複数種の地質が分布しているため、これらと土壌、植生の関係を考え合わせながら流域管理を検討する必要がある。出典: Toshiaki Kameyama*, Tomo'omi Kumagai, Tomohiro Egusa, and Hiroki Momiyama. Importance of bedrock hydrology for the rainfall-runoff process in a forested mountain catchment. Journal of Hydrology 1 September 2025: DOI https://doi.org/10.1016/j.jhydrol.2025.134205

11) 林野|森林の有する多面的能について https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/tamenteki/

12) 日本林業経営者協会|林経協の政策提言|2. 直接支払い制度の導入 https://www.rinkeikyo.jp/about/00000016.htm

13) 建設残土の山林への不適切な埋立ての問題に関しては、総務省が2021年に「建設残土対策に関する実態調査 <結果に基づく勧告>」を発表したように、全国的な問題となっている。また、太陽光発電設備整備に伴い搬入される改良土には、セメント系固化剤が含まれるものがあり、関東ローム他の火山灰質土への六価クロム溶出が、土壌環境基準値0.05 mg/Lを超えやすい。出典: 一般社団法人セメント協会|セメント系固化材について https://www.jcassoc.or.jp/cement/1jpn/jy_35.html

益子町が所管する小規模特定事業に関しては、2021年の条例改正でこうした改良土の使用を禁じています。「小規模特定事業等を行う者は、安全基準に適合しない土砂等又は改良土を使用して、土砂等の埋立て等を行ってはならない」。出典: 益子町|益子町土砂等の埋立て等による土壌の汚染及び災害の防止に関する条例|第5条第3項第3https://www.town.mashiko.lg.jp/data/doc/1639097280_doc_101_0.pdf

栃木県は、2025年に同様の趣旨で条例改正を行っているが、改正前に許可を受けた事業に対しては従前の規則を適用するとのことである。出典: 栃木県|土砂等の埋立て等による土壌の汚染の防止に関する条例 https://www.pref.tochigi.lg.jp/reiki/reiki_honbun/e101RG00000388.html#e000000137

、栃木県|令和7年3月31日までに県土砂条例の許可を受けた事業者の手続等について https://www.pref.tochigi.lg.jp/d05/eco/haikibutsu/haikibutsu/dosya.html