2025/03/24

転載「竹内昌義教授の『原発と建築家』出版に寄せて」—著者の一人、佐藤栄佐久元福島県知事の逝去を悼んで Reprinted "On the publication of Professor Masayoshi Takeuchi's 'Nuclear Power and Architects' '" - in memory of the passing of one of the authors, former Fukushima Governor Eisaku Sato

 

 

 

 


 1983年から参議院議員、1988年から2006年まで福島県知事を務めた佐藤栄佐久氏が、2025319日に逝去されました。同氏は、知事時代、東京電力が原子炉構造物のひび割れなどを隠蔽したまま原子力発電所を稼働していたことに対して、再発防止対策の徹底を求めて県内全10基で発電を停止させる措置をとるなどしました。

 以下は、2011年の東京電力福島第一原発事故後に行われた同氏へのインタヴューからの引用となります。

   それでも双葉郡には、10002000年続いている集落があり、それは300の鎮守

  の森でもあり、なんとかして生かしていきたい。どういう風に生かしていくか

  はこれからの問題にして、そういう想いが私にはあります。エネルギーを欲し

  いだけ使う都市生活ではなく、また一極に集中せず分散した都市が必要です。

  森・川・海こそ「うつくしま、ふくしま」の象徴であり、森にしずむ美しい都

  市をつくりたいと思っておりました。少なくとも私一人が考えるのではなく、

  たとえば学会のような大きなスケールで考えるべき話だと思います。 (中略

  竹内さんにはぜひ、そういう視点をもって日本の国づくり、都市づくり、そし

  て長期戦略での福島の再生のために努力をしていただきたいと思います。 

  (20111210日福島 郡山ビューホテルアネックスにて)  

 

 インタヴューを行った竹内昌義氏は、当時私が教員を務めていた東北芸術工科大学建築・環境デザイン学科の教授で、インタヴューは竹内教授が著書『原発と建築家』の編集・執筆を進める中で行われました。同書は、このインタヴューの3ヶ月後、20123月10日に発行されます。

 

 原発事故による放射性物質拡散の影響が、東日本大震災津波被災地の復興を阻む絶望的な状況の中、私は同書に勇気づけられました。そして、自分の行動の指針を見つけることを支えられました。同書が、私にとってそのような本であったことを同学科の教員や学生たちと共有したく、2012417日付で建築・環境デザイン学科ブログに「竹内昌義教授の『原発と建築家』出版に寄せて」と題した記事を投稿していました。しかし、私がその後退職したため、この記事は同学科ブログから削除されていました。
 

 佐藤元知事の逝去を悼み、また、原子力発電推進に向けた政財界の動きが活発化する中でもう一度当時の心境を振り返り、決意を思い返すために、この記事を本ブログ「東北風景ノート」に転載することにしました。私は、竹内教授や佐藤元知事、その他の著者の方々のメッセージを、このように受け取りました

 

 

『原発と建築家』書影


福島第一原子力発電所の事故発生以来、それよりずっと前から原子力開発や発電所事故の危険を訴えてきた人々の報告や指摘が、今この国に生きる人々に少しずつ支持されはじめている。

 

これらの報告や指摘は、日々たくさんの情報が発信されるなかで埋もれてしまっているようなところがある。だから、みずからが遭遇してしまった危機の大きさや、それを乗りこえる方法を意識して探ろうとしていない人々の目にはふれにくい。

 

しかし幸いにも、数ある情報から確かな報告や指摘をより分け、その内容を理解しようと努めていくと、さまざまな専門領域で、私たちの国の未来に対する希望を捨てずに済むような知識、理論、技術を持つ人々がいることがわかってくる。

 

このような人々を訪ねて対話をしながら、竹内昌義教授自身が学び、エネルギー資源の持続的利用を中心において今後の日本再建のあり方を考えつつ書いたのが、この本『原発と建築家』だ。

 

教授は、本書のなかで元原子炉格納容器設計技術者、元福島県知事、再生可能エネルギーにかかわる技術者や政策研究者ら、さまざまな専門領域を背景とする人々と対話をしている。そして、彼らの知識、理論、技術は、「日本再生」というジグソーパズルをかたちづくる、ピースの一つ一つのように筆者には思える。

 

筆者はランドスケープデザインに実地でたずさわってきている。このデザイン領域が目的とする持続可能な土地利用の実現のためには、土地の環境条件を成りたたせる地質、地形、気象、生態、民俗、生業、社会、経済等々を対象とした専門領域ごとに獲得されてきた (つまり大きな視野に立てば「分析」されてきた) 知識、理論、技術が結びつく (これらを「総合」する) 必要がある。だが、各々の専門領域についてはくわしい研究者、技術者らが、他の領域に関心を持つことは実際には少なく、自分自身が「分析」から「総合」へと知識、理論、技術のそれぞれを結びつける研究者、技術者になろうとしてきた。竹内教授が本書の執筆を通して行ったことはそれに通じていると、私は受け止めている。脱原発とこれからのエネルギー資源利用・保持に関した知識、理論、技術を結びつけることへの着手と、危険なエネルギー資源を利用しなくとも済む建築を探究する必要性を、この領域に関係する専門家や学生を中心に広く訴えること……そう受け止められ、評価ができる。

 

教授は、当学科の三浦教授、馬場准教授らと、断熱気密性能を高めての省エネルギー実証と再生可能エネルギー利用の普及を目的とした「山形エコハウス」を2010年に実現している。この前年には、エコハウスを設計するために行った基礎調査と考察の結果を共著『未来の住宅―カーボンニュートラルの教科書』にまとめてもいた。

 

これらの経験から得た知識と考えをもとに、原発事故発生後1年をかけてさらに知識と考えが積み上げられ鍛えられながら、本書は書かれた。教員が同僚の教員をこう評するのは少し変わって感じられるかも知れないが、「人間が本気になって何かに取り組めばここまで社会的意義のある、密度の濃い仕事ができる。そして成長できる」のだと、私はこの本を読んで思った。ひるがえって、自分はこの1年何をしていただろうか、とも。

 

日本列島は、およそ1000年の周期で訪れる断層の活動期に入り、過去の例から推し量れば数十年もの間、大規模な地震や津波、火山の噴火ほかの天災に遭う可能性を想定すべき状況にあると考えられる。また、新たな活断層がいくつも見つかり、未知の規模の天災に見舞われる可能性も否めない。私たちにできるのは、天災の危険をできる限り回避する努力と人災の可能性を断つことだ。そのためには、人災の発生源となる原子力発電を廃し、再生可能エネルギーを健全に扱う技術を確立、普及することが、まず求められる。

 

竹内教授はその実現に向けて行動し、その第一の成果を発表した。そして、それを建築家の本当の仕事と訴えている。ならば、ランドスケープデザイナーである私の「本当の仕事」とはなんだろうか? あるいは、私は、本当の仕事をする建築家とどう組めるのだろうか。


たとえば、「再生可能エネルギー」の「資源」として、自然物の一つである木を思い浮かべると判りやすい。材木や薪や炭を得るために木々を伐ってもまた育つように保育することは、本来「持続可能な土地利用」に含まれる。ただし、持続可能な土地利用を目的とする……とはいいながら、少なくとも私は、これまでエネルギーについてはほとんど知識を持たないままランドスケープデザインにたずさわってきた。

 

しかし、太陽光や風や波を受けて発電する施設の整備や、木質燃料を得る森林の管理に生態学の視点を加えなければ、生態系へ影響を及ぼして物質循環を損ね、水資源の確保や食料生産、ひいては木質燃料の再生にとって問題を生じさせようから、ランドスケープデザイナーの側は生態学的土地利用技術を用いて自然に由来するエネルギー資源を再生可能にする利用・保持を支えるはたらきをすることが考えられる。

 

私は、こんな風に『原発と建築家』を読みました。そして、自分がこれからの日本で、デザインによって何をしていくべきか明確にすることを助けられました。学生のみなさん、私たちはせっかく同じ一つの場所で学びあうのだから、ぜひこの本を読んでみてください。そのうえで、意見を交わしあいましょう。この本の著者は、私たちの身近にいます。「日本再生」というジグソーパズルのピースを、一つ一つ探しだしていきましょう。そして、組みあわせていきましょう。私もその行動に参加します。

 

竹内昌義編著『原発と建築家』学芸出版社、2012310日発行
https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761525293/

松隈 洋・後藤政志・佐藤栄佐久・池田一昭・清水精太・林 昌宏・三浦秀一・飯田哲也


『原発と建築家』72-73




以下は、上記の決意のもとに津波被災地支援の現場で考えたことを合わせて内容を構想し、2012730日に京都、201342日に東京で行った講演の報告を、
201344日に本ブログに投稿していたものです。


エネルギーシフトと三陸の生業再興試案
https://shunsukehirose.blogspot.com/2013/04/blog-post_4.html

 

おわりに、私が携わった、佐藤栄佐久元福島県知事による景観政策の一例「国道114号改築事業 (浪江権現堂工区) 景観設計」に関したブログ記事のリンクを載せます。佐藤元知事は、日本では好例と見なされていることが多い、地域の自然や歴史を表層的にとらえて意匠の具とする「景観整備」を批判し、地域の環境、景観の構造をとらえてその部分を素直にかたちづくる努力の先に景観形成は達せられるといった講演を行われてきていました。高度な要求を受けて、精一杯それに応えようとする中で大きな学びを得ました。そのことに改めて感謝し、謹んで哀悼の意を表します。


日本景観生態学会第25回全国大会公開シンポジウム発表資料「福島県浪江町における街路設計のための住民との景観生態学的調査に関した実践報告」

https://shunsukehirose.blogspot.com/2015/06/practical-report-on-landscape.html

 

 

 

2025/01/11

浦添西海岸を未来へ継承すべき理由 Why the west coast of Urasoe should be handed down to the future

 

 

 


 2025116日から20日まで、東京都小金井市で「浦添西海岸パネル展」が開催されます。私は同展に、武田恵氏が撮影された写真にコメントを寄せるかたちで参加します。以下、同氏の許可を得て写真とコメントを公開します。

 From 16-20 January 2025, the Urasoe West Coast Panel Exhibition will be held in Koganei, Tokyo. I will participate in the exhibition by commenting on photographs taken by Megumi Takeda. The photographs and comments are published below with her permission.


 写真: 武田 恵 / Photo: Megumi Takeda

 

 

[浦添西海岸を未来へ継承すべき理由]

 

 国際連合が提唱し、2001年から2005年にかけて地球規模で行われた調査によって、人間が生態系から得ている恵みの価値がはっきりと確認され、「生態系サービス」として整理されました。生態系サービスは、供給サービス、調整サービス、文化的サービス、そしてこれらを保つための基盤サービスの4つに分けられます。

 

 サンゴ礁の基盤サービスは、サンゴの体内に共生する藻類の光合成による、海の中の無機栄養塩からの有機物の生産をもととします。サンゴ礁は、サンゴが積み重なってできる地形で、沿岸部では浅瀬をつくり、それを細かく見れば平らな面の広がり (礁原) や斜面 (礁斜面) 、くぼみ (礁池) などに分けられ、潮の干満によって水上に現れる部分もあり、大きくは岸から沖に向かって水深が増すなど、陸と海の「間 (あわい) 」に変化に富んだ環境を生じます。礁池には海草が群生する藻場ができ、光合成が行われ、生き物の餌場とされ、サンゴ礁の生物多様性はさらに豊かにされています。

 

 こうした多様な環境に多様な生き物がすみ、私たちはそれらを食用や観賞用として採取できます。これが、サンゴ礁の供給サービスです。また、サンゴ礁地形は、台風によって発生した高波の勢いを弱めるなどのはたらきをします。このことは、サンゴ礁の調整サービスに当たります。

 

 浦添西海岸のサンゴ礁の文化的サービスとしては、日本各地で沿岸開発が進んだ今日では貴重となった、自然海岸の景観の体験、環境学習、磯遊びや海水浴のようなレジャーや観光の場と機会の提供などが挙げられます。ただし、この地は、沖縄戦とその後の米軍による土地の強制接収、牧港補給地区の建設以来、地元の人びとを除いて沖縄県民の目にふれることがほとんどなくなっていたところが、近年の西海岸道路の開通や大型商業施設の開業によって広く知られ、親しまれることになったといいます。こうした歴史的経緯は、浦添西海岸に対する人びとの愛着や思い入れを強く、深くしているようです。私は、かけがえのない、この地と人びとの心の結びつきもまた、浦添西海岸のサンゴ礁の文化的サービスに数えられると考えます。

 このように、人間の心身から防災・減災、経済までに必須の生態系サービスの源となる浦添西海岸は、埋め立てをせずに未来へ継承すべきです。

 

写真: 武田 恵 /: 廣瀬俊介

 

 

参照: 地方自治権と生態系サービス: 沖縄県への在日米軍基地の集中とその環境影響に対する問題意識に基づく考察 https://shunsukehirose.blogspot.com/2024/09/right-of-local-self-government-and.html 

 

 

 

 

[Why the west coast of Urasoe should be handed down to the future]

 

 A global study proposed by the United Nations and carried out between 2001 and 2005 clearly identified the value of the benefits humans derive from ecosystems and organised them as 'ecosystem services'. Ecosystem services are divided into four categories: provisioning services, regulating services, cultural services and the infrastructure services that maintain these.

 

 Coral reef infrastructure services are based on the production of organic matter from inorganic nutrients in the sea through photosynthesis by algae that live symbiotically within the coral. A coral reef is a topographic feature formed by corals piled up on top of each other, creating shallow waters in coastal areas, which can be divided into flat expanses (reef plains), slopes (reef slopes) and hollows (reef pools), some of which appear above water when the tide is low, and some of which increase in depth from shore to offshore, creating a varied environment between land and sea. Reef ponds are richly varied environments, with the depth of water increasing from the shore to the offshore. The reef pools create seaweed beds, where photosynthesis takes place, providing a feeding ground for living creatures and further enriching the biodiversity of the coral reefs.

 

 These diverse environments are home to a wide variety of organisms, which we can collect for food and ornamental purposes. This is the supply service of coral reefs. Coral reef landforms also act to reduce the force of storm surges caused by typhoons. This constitutes a regulating service for coral reefs.

 

 The cultural services of the coral reefs on the west coast of Urasoe include the experience of natural coastal landscapes, environmental education, and the provision of leisure and tourism opportunities such as playing on the beach and swimming, which have become precious in these days of coastal development throughout Japan. However, since the Battle of Okinawa, the subsequent forced confiscation of land by the US military and the construction of the Makiminato supply area, this area has been largely hidden from the eyes of Okinawans, except for the local people, but has become widely known and familiar thanks to the recent opening of the West Coast Highway and large-scale commercial facilities. This historical background seems to have strengthened and deepened people's attachment and feelings towards the west coast of Urasoe. I believe that the irreplaceable bond between this land and the people's hearts can also be counted as a cultural service of the coral reefs of the west coast of Urasoe.

 

 Thus, the west coast of Urasoe, which is a source of essential ecosystem services from human mind and body to disaster prevention and mitigation and the economy, should be passed on to the future without reclamation.

 

Photo: Megumi Takeda / Text: Shunsuke Hirose

 

Reference: Right of local self-government and ecosystem services: a problem-based study of the concentration of US military bases in Japan in Okinawa Prefecture and their environmental impacts https://shunsukehirose.blogspot.com/2024/09/right-of-local-self-government-and.html

 

付記:

 

 第4段落「ただし、この地は、沖縄戦とその後の米軍による土地の強制接収、牧港補給地区の建設以来、地元の人びとを除いて沖縄県民の目にふれることがほとんどなくなり、それが近年の西海岸道路の開通や大型商業施設の開業によって広く知られ、親しまれることになりました」の文意は、次の通りです。「浦添西海岸のほとんどの範囲が牧港補給基地に接し、非米軍関係者にとって立ち入りにくくされていたが、空寿崎から同海岸の礁原へ出ることはできた。平成17(2005) には、地元の港川自治会が同海岸の『里浜』としての保全活動を始めた。平成30(2018) には、沖縄西海岸道路を構成する臨港道路浦添線、浦添北道路が開通し、翌平成31(2019) には、大型商業施設が開業し、地元の人びとの他にも県内から人々が浦添西海岸を訪れるようになった」。

 以下に、執筆の根拠とした4点の資料を挙げます。

資料1

鹿谷麻夕「コラム 学校と地域をつなげる海の学習 (1) ~基地のおかげで残された海」LAB to CLASS(2017/10/18)

https://lab2c.net/column/1263

 

「沖縄本島、那覇市の北側に隣接する浦添市は、海に接する土地のほとんどを米軍基地に塞がれています。そのおかげで、基地沿いの海辺は開発されずに自然の姿が残された一方、基地でない海岸はすでに埋め立てられ、倉庫や沖縄電力などの事業所が立ち並んでいます。 

 そんな中で唯一、市北部の港川という地域が海への出入口を残していました。それが空寿崎 (くうじゅざき) 。地元で通称「カーミージー」と呼ばれる岩があり、その周辺は広い浅瀬となっています」。

 

資料2

国土地理院—地図・空中写真閲覧サービス

https://mapps.gsi.go.jp

空寿崎  (写真右上) と牧港補給地区 (同空寿崎下) の位置関係を確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


資料3

国土交通省 令和4年度手づくり郷土賞「市民協働による西海岸・里浜の保全活用」一般社団法人うらそえ里浜・未来ネットワーク(沖縄県浦添市)

https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/tedukuri/pdf/Part37_R04/R04_ippan_16.pdf

 

活動の経歴

平成17 (2005) 地元港川自治会として活動を開始

平成31(2019) 一般社団法人うらそえ里浜・未来ネットワーク設立

うらそえ里浜・未来ネットワークの前身、港川自治会としての活動は、沖縄西海岸道路を構成する臨港道路浦添線、浦添北道路の2018318日開通以前に開始されている。

 

資料4

琉球新報「『宝の海埋めないで』 浦添西海岸での軍港埋め立て 地元住民らの反対の声相次ぐ 経済界は早期進展に期待」 (2023/04/21)

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1698229.html

 

近年は西海岸道路の開通や大型商業施設の開業で、地元だけではなく多くの県民にとっても身近になり202112月には浦添西海岸の愛称が『てぃだ結の浜』に決定した」。



追記:

 

 私は、「浦添西海岸パネル展」の展示広報物と会場に設置する看板の制作に協力しました。記録として、その画像を以下に載せます。


展示広報物


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

看板 (B2)