2025/01/11

浦添西海岸を未来へ継承すべき理由 Why the west coast of Urasoe should be handed down to the future

 

 

 


 2025116日から20日まで、東京都小金井市で「浦添西海岸パネル展」が開催されます。私は同展に、武田恵氏が撮影された写真にコメントを寄せるかたちで参加します。以下、同氏の許可を得て写真とコメントを公開します。

 From 16-20 January 2025, the Urasoe West Coast Panel Exhibition will be held in Koganei, Tokyo. I will participate in the exhibition by commenting on photographs taken by Megumi Takeda. The photographs and comments are published below with her permission.


 写真: 武田 恵 / Photo: Megumi Takeda

 

 

[浦添西海岸を未来へ継承すべき理由]

 

 国際連合が提唱し、2001年から2005年にかけて地球規模で行われた調査によって、人間が生態系から得ている恵みの価値がはっきりと確認され、「生態系サービス」として整理されました。生態系サービスは、供給サービス、調整サービス、文化的サービス、そしてこれらを保つための基盤サービスの4つに分けられます。

 

 サンゴ礁の基盤サービスは、サンゴの体内に共生する藻類の光合成による、海の中の無機栄養塩からの有機物の生産をもととします。サンゴ礁は、サンゴが積み重なってできる地形で、沿岸部では浅瀬をつくり、それを細かく見れば平らな面の広がり (礁原) や斜面 (礁斜面) 、くぼみ (礁池) などに分けられ、潮の干満によって水上に現れる部分もあり、大きくは岸から沖に向かって水深が増すなど、陸と海の「間 (あわい) 」に変化に富んだ環境を生じます。礁池には海草が群生する藻場ができ、光合成が行われ、生き物の餌場とされ、サンゴ礁の生物多様性はさらに豊かにされています。

 

 こうした多様な環境に多様な生き物がすみ、私たちはそれらを食用や観賞用として採取できます。これが、サンゴ礁の供給サービスです。また、サンゴ礁地形は、台風によって発生した高波の勢いを弱めるなどのはたらきをします。このことは、サンゴ礁の調整サービスに当たります。

 

 浦添西海岸のサンゴ礁の文化的サービスとしては、日本各地で沿岸開発が進んだ今日では貴重となった、自然海岸の景観の体験、環境学習、磯遊びや海水浴のようなレジャーや観光の場と機会の提供などが挙げられます。ただし、この地は、沖縄戦とその後の米軍による土地の強制接収、牧港補給地区の建設以来、地元の人びとを除いて沖縄県民の目にふれることがほとんどなくなっていたところが、近年の西海岸道路の開通や大型商業施設の開業によって広く知られ、親しまれることになったといいます。こうした歴史的経緯は、浦添西海岸に対する人びとの愛着や思い入れを強く、深くしているようです。私は、かけがえのない、この地と人びとの心の結びつきもまた、浦添西海岸のサンゴ礁の文化的サービスに数えられると考えます。

 このように、人間の心身から防災・減災、経済までに必須の生態系サービスの源となる浦添西海岸は、埋め立てをせずに未来へ継承すべきです。

 

写真: 武田 恵 /: 廣瀬俊介

 

 

参照: 地方自治権と生態系サービス: 沖縄県への在日米軍基地の集中とその環境影響に対する問題意識に基づく考察 https://shunsukehirose.blogspot.com/2024/09/right-of-local-self-government-and.html 

 

 

 

 

[Why the west coast of Urasoe should be handed down to the future]

 

 A global study proposed by the United Nations and carried out between 2001 and 2005 clearly identified the value of the benefits humans derive from ecosystems and organised them as 'ecosystem services'. Ecosystem services are divided into four categories: provisioning services, regulating services, cultural services and the infrastructure services that maintain these.

 

 Coral reef infrastructure services are based on the production of organic matter from inorganic nutrients in the sea through photosynthesis by algae that live symbiotically within the coral. A coral reef is a topographic feature formed by corals piled up on top of each other, creating shallow waters in coastal areas, which can be divided into flat expanses (reef plains), slopes (reef slopes) and hollows (reef pools), some of which appear above water when the tide is low, and some of which increase in depth from shore to offshore, creating a varied environment between land and sea. Reef ponds are richly varied environments, with the depth of water increasing from the shore to the offshore. The reef pools create seaweed beds, where photosynthesis takes place, providing a feeding ground for living creatures and further enriching the biodiversity of the coral reefs.

 

 These diverse environments are home to a wide variety of organisms, which we can collect for food and ornamental purposes. This is the supply service of coral reefs. Coral reef landforms also act to reduce the force of storm surges caused by typhoons. This constitutes a regulating service for coral reefs.

 

 The cultural services of the coral reefs on the west coast of Urasoe include the experience of natural coastal landscapes, environmental education, and the provision of leisure and tourism opportunities such as playing on the beach and swimming, which have become precious in these days of coastal development throughout Japan. However, since the Battle of Okinawa, the subsequent forced confiscation of land by the US military and the construction of the Makiminato supply area, this area has been largely hidden from the eyes of Okinawans, except for the local people, but has become widely known and familiar thanks to the recent opening of the West Coast Highway and large-scale commercial facilities. This historical background seems to have strengthened and deepened people's attachment and feelings towards the west coast of Urasoe. I believe that the irreplaceable bond between this land and the people's hearts can also be counted as a cultural service of the coral reefs of the west coast of Urasoe.

 

 Thus, the west coast of Urasoe, which is a source of essential ecosystem services from human mind and body to disaster prevention and mitigation and the economy, should be passed on to the future without reclamation.

 

Photo: Megumi Takeda / Text: Shunsuke Hirose

 

Reference: Right of local self-government and ecosystem services: a problem-based study of the concentration of US military bases in Japan in Okinawa Prefecture and their environmental impacts https://shunsukehirose.blogspot.com/2024/09/right-of-local-self-government-and.html

 

付記:

 

 第4段落「ただし、この地は、沖縄戦とその後の米軍による土地の強制接収、牧港補給地区の建設以来、地元の人びとを除いて沖縄県民の目にふれることがほとんどなくなり、それが近年の西海岸道路の開通や大型商業施設の開業によって広く知られ、親しまれることになりました」の文意は、次の通りです。「浦添西海岸のほとんどの範囲が牧港補給基地に接し、非米軍関係者にとって立ち入りにくくされていたが、空寿崎から同海岸の礁原へ出ることはできた。平成17(2005) には、地元の港川自治会が同海岸の『里浜』としての保全活動を始めた。平成30(2018) には、沖縄西海岸道路を構成する臨港道路浦添線、浦添北道路が開通し、翌平成31(2019) には、大型商業施設が開業し、地元の人びとの他にも県内から人々が浦添西海岸を訪れるようになった」。

 以下に、執筆の根拠とした4点の資料を挙げます。

資料1

鹿谷麻夕「コラム 学校と地域をつなげる海の学習 (1) ~基地のおかげで残された海」LAB to CLASS(2017/10/18)

https://lab2c.net/column/1263

 

「沖縄本島、那覇市の北側に隣接する浦添市は、海に接する土地のほとんどを米軍基地に塞がれています。そのおかげで、基地沿いの海辺は開発されずに自然の姿が残された一方、基地でない海岸はすでに埋め立てられ、倉庫や沖縄電力などの事業所が立ち並んでいます。 

 そんな中で唯一、市北部の港川という地域が海への出入口を残していました。それが空寿崎 (くうじゅざき) 。地元で通称「カーミージー」と呼ばれる岩があり、その周辺は広い浅瀬となっています」。

 

資料2

国土地理院—地図・空中写真閲覧サービス

https://mapps.gsi.go.jp

空寿崎  (写真右上) と牧港補給地区 (同空寿崎下) の位置関係を確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


資料3

国土交通省 令和4年度手づくり郷土賞「市民協働による西海岸・里浜の保全活用」一般社団法人うらそえ里浜・未来ネットワーク(沖縄県浦添市)

https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/tedukuri/pdf/Part37_R04/R04_ippan_16.pdf

 

活動の経歴

平成17 (2005) 地元港川自治会として活動を開始

平成31(2019) 一般社団法人うらそえ里浜・未来ネットワーク設立

うらそえ里浜・未来ネットワークの前身、港川自治会としての活動は、沖縄西海岸道路を構成する臨港道路浦添線、浦添北道路の2018318日開通以前に開始されている。

 

資料4

琉球新報「『宝の海埋めないで』 浦添西海岸での軍港埋め立て 地元住民らの反対の声相次ぐ 経済界は早期進展に期待」 (2023/04/21)

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1698229.html

 

近年は西海岸道路の開通や大型商業施設の開業で、地元だけではなく多くの県民にとっても身近になり202112月には浦添西海岸の愛称が『てぃだ結の浜』に決定した」。



追記:

 

 私は、「浦添西海岸パネル展」の展示広報物と会場に設置する看板の制作に協力しました。記録として、その画像を以下に載せます。


展示広報物


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

看板 (B2)

 

 

 

 



































2025/01/01

サケが帰ってこない—郷土料理の継承と生態系サービスについて考える— Salmon not returning: consideration local culinary heritage and ecosystem services

 

 


はじめに


 昨年12月、宇都宮コミュニティFMミヤラジ」の番組「みんながけっぷちラジオ」にゲストの一人として招かれました。番組では、栃木県に暮らしていて、また、東北各県に業務や研究のために通いながら「一体どうしたことだろう」と不安を募らせていた、各地でサケが帰ってこなくなっていることについてお話ししました。

 

 この記事は、同番組への出演に先立って調べたことを読者の方々と共有できるようにする目的で、作成しました。主題は、栃木県と周辺の郷土料理の一つ「しもつかれ」の食材とされるサケ (日本系シロザケOncorhynchus keta) を例として、人間の食と自然の関係を考えることです。

 

 

岩手県盛岡市の中心市街地を流れる中津川で見たサケ。2013/10/04

 しもつかれは、農林水産省ウェブサイト1) での全国の郷土料理の紹介によれば、「正月に食べた塩引き鮭の頭や、節分に煎った福豆の残りの大豆などの残り物を使った、先人たちの知恵が詰まった一品」で、「かつては旧暦2月初午の時に稲荷神社に供えるものとして作られ、その時期以外には作らないという禁忌が設けられていた」とのことです。そして、「栃木県央地帯から茨城県の鬼怒川下流域では、だいこん、大豆、塩引き鮭の頭、酒粕、ニンジン、油揚げを基本材料とする」そうです。

 

 このように、各地の郷土料理に関して調査が行われ、継承、振興を図ってはいても、しもつかれに関していえば、国内の川にサケが回帰する数がこのまま減り続けると基本材料の入手が厳しくなります。そうなれば、振興はおろか継承さえ困難になるのではないでしょうか。この記事では、こうした問題を提起します。

 

 

気候危機

 

 2024年の日本の年平均気温と日本近海の年平均海面水温、そして世界の年平均気温は、いずれもこれまでの1位の記録 (2023年) を大きく上回り、統計開始以来最も高い値となる見込みであるそうです2)

 

 こうした気候危機そのものもそうですが、国際連合の予測3) では、世界人口が今後50年間で増加し、現在の約82億人から2080年代半ばには103億人でピークに達する見込みであるといい、気候危機が食料の供給に支障を来さないか危惧してもいます。

 私は、近年の日本でのサケの不漁に関心を持ちます。水産庁は、サケの不漁への気候の温暖化による海水温上昇の影響について発表しています4)


 

生態系サービス

 

 人が自然から受けている便益、いいかえれば自然の恵みを、「生態系サービス5)と呼びます。自然の恵みの代表的な例は、食料や水、そして燃料や肥料や薬用資源などを、生態系のはたらきをもととして得ていることをいう、「供給サービス」ではないでしょうか。

 

 生態系サービスには、他にも種類があります。サケを例に、簡単に説明します。かつて人間活動による温室効果ガスの発生が続いても海水温の上昇が抑えられてサケが生まれた川に回帰できていた (母川回帰といいます) 背景には、生態系による気候の調整がありました。そのような自然の恵みは、「調整サービス」と呼んでいます。

 

 また、サケが生まれた川で産卵し、卵から孵った稚魚が海へ下って成長できたのは、それを可能とする環境があったからです。こうした環境が、生態系によって確保されることを「生息・生育地サービス」と呼びます。

 

 利根川を太平洋側の母川回帰の南限とするサケは、栃木県周辺で、郷土料理、伝統食 (文化庁「100年フード」6) 選定) のしもつかれの材料とされてきました。このような生態系による食文化への貢献は、「文化的サービス」と位置づけられます。

 

 生態系サービスは、これら供給、調整、生息・生育地、文化的サービスに4分類されます。

 

 

サケが帰ってこない

 

 最近20年間、2003-2022年の栃木県内の河川における「さけ類」漁獲量7) を確認します。農林水産省「内水面漁業生産統計調査」の結果をもとに、図1を作成しました。

 

 

1 栃木県内の河川における2003-2022年のさけ類漁獲量
出典: 漁業・養殖業生産統計 (確報) 平成15(2003) - 令和4(2022) 内水面漁業漁獲量 (魚種別: さけ類・河川別: 那珂川、利根川) 単位: トン

 2003-2021年に、那珂川の栃木県側で、「さけ類」の漁獲量は29トンから1トン未満に大きく減少し、2022年には漁獲が行われていません (茨城県側の漁獲量は、2003-2022年の間194トンから1トンとさらに大きく減少) 。鬼怒川を支流とする利根川では、2003年の漁獲量が31トンあったのに対して、2020年以降漁獲が行われなくなりました (茨城県側の漁獲量は、この間6トンから1トン未満に減少。最高値は2013年の15トン)

 

 しもつかれに使われるのは、塩引き鮭の頭で、那珂川や鬼怒川で獲れたものの他に、塩蔵品として保存が効くことために近代化以前から広範囲で流通されていた北海道や東北地方で獲れたものが含まれていた可能性も指摘されます8) 。したがって、県内で漁獲されるサケにこだわらなくてよいという意見を持つ方がいるかもしれません。

 

 しかし、サケが県内で獲れなければ県外から持ち込めばよいと考えても、国全体のサケ・マス自給率は、2017年発表の論文9) によれば37 %であるそうです。

 

 2024年に、サケ・マスがどの程度生まれた川およびその川の河口が位置する沿岸域に帰ってきているかについては、次の通りです。「全国のサケ来遊数は1,775万尾 [前年同期比: 78 %、平年同期比: 37 %] で、1989 (平成元) 年以降では最も少ない」。「北海道の来遊数は1,761 万尾 [前年同期比: 78 %、平年同期比44 %] で、1989 (平成元) 年以降では3番目に少なく (後略) 」。「本州の来遊数は137.4千尾 [前年同期比: 72 %、平年同期比: 1.6 %] で、1989 (平成元) 年以降では最も少ない」10)

 

 日本で消費されるサケ・マスの6割強が、国外から輸入されています。「令和5 (2023) 年度水産白書11) によれば、輸入の割合は、チリから58.7 %、ノルウェーから22.4 %、ロシアから5.9 %、米国から4.3 % (その他8.6 %) となります。

 サケを輸入し続ければ、国際海運に従事する船舶による温室効果ガスの発生を抑えられません12) 。温室効果ガスは、気候変動の原因となり、これに伴う海水温上昇を導きます。海水温上昇は、「気候危機」の項でふれたように、サケ・マスの著しい資源量減少の主要な原因の一つとなったと見られています。

 

 

郷土料理の継承が困難になることだけが問題か

 

 「水産資源に恵まれた我が国は魚介類を摂取する機会が多く、獣鳥肉類と同様、良質のたんぱく質、脂質および無機質の重要な供給源であり、日本人の食生活において栄養的に重要な位置を占めている13) 。サケの遡上量減少は、郷土料理の存続以前に身近に得られた食料、栄養源が十分に確保できなくなることに当たります。

 

 例えば、アジア大陸東部河川原産のソウギョが日本国内に分布するのは、明治11(1878) から移植されてきたためで、それを「第二次大戦下の食糧対策」として行った時期もあります14)。これは、食料の国内自給、安定供給にとって漁業、特に内水面漁業が果たす役割の大きさを示しています。

 

 このような食料供給上の備えを、「食料安全保障」と呼びます。農林水産省は、食料安全保障を、食料供給に影響を及ぼすリスクを分析・評価し、平時からの安定供給の確保・向上と不測時の対応を行うことと説明しています15)

 

 人間の食料としてのサケを考えると、まず栄養面、次に食文化と関連した面が重要になります。物質循環の中でのサケを考えると、森・川・海を循環的に結ぶ役割が重要視されます。「森の栄養が川から海へと運搬され、様々な生き物に影響を与えることはよく知られていますが、栄養は森から海に一方的に流れ去ってしまうわけではありません。母川回帰という習性をもつサケ・マス類の遡上によって、海の栄養も川の上流へと運搬されているのです」16)

 

 

サケが帰ってくるようにするために何ができるだろうか

 

 野生のサケ類は、世界的に減少しているとのことです。その要因として、欧州や米国の研究では4つの主要な原因が指摘されています17)

 

(1) 生息環境の悪化 (habitat): 水質の悪化や河川改修など

(2) 漁業による乱獲 (harvest): 漁業による過度の利用

(3) ダム建設や利水 (hydropower): サケ類の遡上阻害など。有効な魚道の設置例は少ない。

(4) ふ化放流 (hatchery): 人工的な飼育環境への適応による自然環境への適応度の低下、放流魚が野生魚の個体群存続性に負の影響を及ぼすことなど

 

 日本における研究でも、同様の指摘と解決を目指した提言が行われています18) 。「わが国は、1970年代までに乱獲と自然河川生態系の喪失によりサケの野生魚を著しく減少させてきた苦い経験を有する」。「今後温暖化がさらに加速し、わが国のサケにとって不利な環境時代が続くことは容易に想像できる」。「まず再生産の場である河川生態系の修復と河川環境の保全が急務である」。「わが国におけるサケの環境収容力に見合う人工孵化放流計画の見直しと新たな資源管理評価技術,海洋環境の変化に対応した放流技術のイノベーションをはかる必要がある」。

 

 サケに適した生息・生育環境を確保するためには、現在主流となっている河川工法を生態学的に見直すなどのことが必要になります (不十分ながら、これに関連した私の実践についてまとめた記事より「景観生態学に基づくランドスケープデザインの実務報告と問題点」をご紹介します) 。農業のための取水に際しては、その時期の川にどれだけ水を残し、どのように生物が堰の傍らを通って上下流を移動できるようにするかなど、さまざまな利害関係者間の調整や技術の応用、開発が求められます。そして、川だけでなく「森・川・海」の全体、すなわち水や生物の行き来と共にさまざまな物質が循環している森、草原、湖沼、湿地、海岸、海洋などをできるだけ本来の環境に近づけてゆくべきです。その上で、生物が戻るのを待ち、戻った生物のうち人が利用するために採ってよいものについては、絶やさないように採るということが、私たちが生きのびるために欠かせません。

 

 森・川・海を循環的に結び直す上で基本となるのは、水の循環を健全に回復することです。その中には、建物や道路などの舗装、斜面の擁壁や河川、海岸の堤防、護岸などに広い範囲の地面が覆われた状況を改めることが含まれ、雨水などが地下に染みるのを阻まなくなることで地下水が養われます。「地下水は、河川水などの地表水に比べて豊富な栄養塩を含むだけでなく、水温や流動量の変化が小さいという特性を持つことから、SGD (筆者注: Submarine groundwater discharge/海底湧水) は、沿岸域における高水温期の極度な海水温上昇を緩和する (後略) 」19)とのことですので、サケの来遊数減少に影響していると考えられる海水温上昇が、人工林の管理放棄から市街化や河川改修、海岸整備などの土地の人工改変、地下水の過剰揚水までが積み重なって減少させられてきた海底湧水の湧出量回復を図ることで緩和できる可能性があります。

 

 なお、こうした環境改善は、同じく川と海を回遊する (マリアナ諸島周辺の海域で産卵する) 絶滅危惧種ニホンウナギ (環境省絶滅危惧IB類)などの保護 20) にも有効ではないかと考えられます。

 

 

まとめ

 

 栃木県の郷土料理しもつかれについては、その基本材料となるサケの漁獲量が、河川改修や気候変動に伴う海水温上昇などによって減る中で、本質的な継承が難しくなっているといえます。それだけでなく、主要な食料、栄養源の一つの国内自給が厳しくなり、輸入に頼れば船舶による温室効果ガスの発生 (気候変動の原因となる) が抑えられないという悪循環が断ち切れません。

 

 ただし、森・川・海を循環的に結び直し、海底湧水の湧出の阻害要因を取除くことで、海水温上昇を緩和し、サケに適した生息・生育環境を再び確保できる可能性は、あります。気候危機の下、状況は年々悪くなっていますが、次世代によりよい地球を引き継ぐために、試せることはすべて試していかなければなりません。

 

 

結びにかえて

 

 出演した番組では、好きな曲を1曲選んでかけてよいことになっていました。私が選んだ曲は、番組の終わりに流されました。次世代に引き継ぎたいのは、よりよい地球であり、平和な世界です。そのような思いから、以下のメモを用いて曲紹介を行いました。

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Dollar Brand (1978) - Anthem for the new nations (3:56)


パレスチナ自治区ガザで、イスラエルは集団殺害を続けています。日本を含む世界の市民もまた、抗議を止めません。昨年1229日、南アフリカは、イスラエルを国際司法裁判所に提訴し、今年126日、同裁判所はイスラエルに集団殺害を防ぐ措置をとるよう暫定措置命令を出しました。南アフリカは、白人政府による人種隔離政策を撤廃した国です。その国が、世界市民をリードする行動をとってくれたことに感動を覚えました。そして、南アフリカで人種隔離政策撤廃を求めて行動した人々が、「抵抗の音楽」としてジャズを演奏し、聴いていたことを知りました。その中から、ダラー・ブランドのアルバム「アンセム・フォー・ザ・ニュー・ネイションズ(新しい国家のための賛歌)」よりタイトル曲をお聴きください。温かく優しい楽曲であると思います。

追記ダラー・ブランドは、1968年にイスラム教に改宗し、Abdullah Ibrahim (アブドゥーラ・イブラヒム) に名前を変えています。
 

 

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

注:
01) 農林水産省|うちの郷土料理|しもつかれ/シモツカレ 栃木県

https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/31_1_tochigi.html

02) 気象庁|2024年 (令和6年) の天候のまとめ (速報) 2024/12/25

https://www.jma.go.jp/jma/press/2412/25a/20241225_2024tenkou.html (2024-12-30 参照)

03) 国際連合人口部「世界人口推計2024年版(World Population Prospects 2024)

https://population.un.org/wpp/ (2024-12-30 参照)

04) 水産庁|海洋環境の変化に対応した漁業の在り方に関する検討会の取りまとめについて|取りまとめ本文

https://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kikaku/230607.html (2024-12-30参照)

05) 環境省|生物多様性と生態系サービス

https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/valuation/service.html (2024-12-31 参照)

06) 文化庁|100年フード|全国各地の100年フード|関東
https://foodculture2021.go.jp/jirei/?area=kanto#jirei-contents (2024-12-31 参照)

栃木県|とちぎの食文化調査研究発信事業 (文化庁「食文化ストーリー」創出・発信モデル事業) について https://www.pref.tochigi.lg.jp/c10/shokubunka.html (2024-12-31 参照)

07) 農林水産省|内水面漁業生産統計調査

https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/naisui_gyosei/index.html#r (2024-12-13 参照)

08) 伊藤有紀・佐藤汐里 (2021) 「しもつかれ」の北関東におけるレシピ分布. 東京家政学院大学紀要61: p. 89-99 DOI https://doi.org/10.32295/kaseigakuinkiyo.61.0_89

09) 山尾政博・天野通子 (2017) 三陸のサケのフードシステムの構造変動. 農業市場研究: p. 68-74 DOI https://doi.org/10.18921/amsj.25.4_68 。日本の食用魚介類の自給率は、昭和39 (1964) 年度の113 %をピークに低下し (水産庁「図で見る日本の水産」2023年)、令和5 (2023) 年度は54 %となっている (水産庁「令和5年度の食料自給率 (水産物) 」2024年) 。出典: 水産庁 (2023) 図で見る日本の水産 https://www.maff.go.jp/j/pr/annual/pdf/zudemiru_nihonno_suisan_all.pdf 、水産庁 (2024) 令和5年度の食料自給率 (水産物) の概要 https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/24jikyuuritu.files/attach/pdf/240808-1.pdf

10) 国立研究開発法人 水産研究・教育機構|さけます来遊速報 (令和6年度)|サケ来遊状況 第4: 1130日現在 (1220日更新)

https://www.fra.go.jp/shigen/salmon/sokuhou.html#comment (2024-12-31 参照)

11) 水産庁|令和5 (2023) 年度水産白書

https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/R5/240611.html (2024-12-13)

12) 「国際海事機関(IMO)4次GHG調査報告書」によれば、国際海運に従事する船舶のGHG (greenhouse gas/温室効果ガス) 排出量は、世界の全排出量の2.51 %を占めている (2018年統計) 。出典: 一般財団法人 運輸総合研究所|海運分野におけるCO2排出削減に関する研究 https://www.jttri.or.jp/research/port/2020theme05.html (2024-12-31)

13) 青木隆子・菅原龍幸 (2000) 魚類の栄養成分について—一般成分、無機質、遊離アミノ酸コレステロール含量、脂肪酸組成、EPAおよびDHA含量について. 日本食生活学会誌10 (4): p. 26-35 DOI https://doi.org/10.2740/jisdh.10.4_26

14) 土屋 実 (1977) ソウギョの生態およびソウギョによる水性雑草防除の展望. 雑草研究 22 (1): p. 1-8 DOI https://doi.org/10.3719/weed.22.1

15) 農林水産省|食料安全保障について https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/anpo/index.html (2024-12-31 参照)

16) 北海道立総合研究機構林業試験場道南支場|海の栄養、森に還る https://www.hro.or.jp/upload/5366/3302.pdf (2024-12-13 参照) 。「北海道渡島半島のサケ遡上河川でヤナギの葉のδ15Nを分析したところ、上流域の非遡上区間では3~−1パーセントだったのに対して遡上区間では+0.5~+4パーセントと高い、海洋由来窒素の利用が確認されました。北米ではワシ、クマ、キツネなどのサケを捕食し、さらに森に運搬することが研究されています。今回の我々の調査では、死んだサケから溶け出した栄養が地下水を経由して植物に利用されていることもわかりました」

17) 森田健太郎 (2019) 北日本の環境アイコン「サケ」の保全活動を考える. 日本生態学会誌69 (3): p. 197-199 DOI https://doi.org/10.18960/seitai.69.3_197

18) 帰山雅秀 (2019) サケ属魚類の持続可能な資源管理にむけた生態学的研究. 日本水産学会誌85 (3): p. 266-275 DOI https://doi.org/10.2331/suisan.WA2623

19) 齋藤光代・小野寺真一・大久保賢治・岩田 徹 (2019) 沿岸環境の多様性形成因子としての地下水の役割解明を目指して. 日本水文科学会誌49 (2): p. 171-121 DOI https://doi.org/10.4145/jahs.49.117

 20) ニホンウナギの完全養殖は、2010年に水産総合研究センター(現水産研究・教育機構)が成功させている。ただし、種苗を放流しても、生息・生育環境が欠ければ生物は育たない。参照: 望岡典隆 (2014) ニホンウナギ:現状と保全. 魚類学雑誌61 (1): p.33-35 DOI https://doi.org/10.11369/jji.61.33