1983年から参議院議員、1988年から2006年まで福島県知事を務めた佐藤栄佐久氏が、2025年3月19日に逝去されました。同氏は、知事時代、東京電力が原子炉構造物のひび割れなどを隠蔽したまま原子力発電所を稼働していたことに対して、再発防止対策の徹底を求めて県内全10基で発電を停止させる措置をとるなどしました。
以下は、2011年の東京電力福島第一原発事故後に行われた同氏へのインタヴューからの引用となります。
それでも双葉郡には、1000年2000年続いている集落があり、それは300の鎮守
の森でもあり、なんとかして生かしていきたい。どういう風に生かしていくか
はこれからの問題にして、そういう想いが私にはあります。エネルギーを欲し
いだけ使う都市生活ではなく、また一極に集中せず分散した都市が必要です。
森・川・海こそ「うつくしま、ふくしま」の象徴であり、森にしずむ美しい都
市をつくりたいと思っておりました。少なくとも私一人が考えるのではなく、
たとえば学会のような大きなスケールで考えるべき話だと思います。 (中略)
竹内さんにはぜひ、そういう視点をもって日本の国づくり、都市づくり、そし
て長期戦略での福島の再生のために努力をしていただきたいと思います。
(2011年12月10日福島 郡山ビューホテルアネックスにて)
インタヴューを行った竹内昌義氏は、当時私が教員を務めていた東北芸術工科大学建築・環境デザイン学科の教授で、インタヴューは竹内教授が著書『原発と建築家』の編集・執筆を進める中で行われました。同書は、このインタヴューの3ヶ月後、2012年3月10日に発行されます。
原発事故による放射性物質拡散の影響が、東日本大震災津波被災地の復興を阻む絶望的な状況の中、私は同書に勇気づけられました。そして、自分の行動の指針を見つけることを支えられました。同書が、私にとってそのような本であったことを同学科の教員や学生たちと共有したく、2012年4月17日付で建築・環境デザイン学科ブログに「竹内昌義教授の『原発と建築家』出版に寄せて」と題した記事を投稿していました。しかし、私がその後退職したため、この記事は同学科ブログから削除されていました。
佐藤元知事の逝去を悼み、また、原子力発電推進に向けた政財界の動きが活発化する中でもう一度当時の心境を振り返り、決意を思い返すために、この記事を本ブログ「東北風景ノート」に転載することにしました。私は、竹内教授や佐藤元知事、その他の著者の方々のメッセージを、このように受け取りました。
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『原発と建築家』書影 |
福島第一原子力発電所の事故発生以来、それよりずっと前から原子力開発や発電所事故の危険を訴えてきた人々の報告や指摘が、今この国に生きる人々に少しずつ支持されはじめている。
これらの報告や指摘は、日々たくさんの情報が発信されるなかで埋もれてしまっているようなところがある。だから、みずからが遭遇してしまった危機の大きさや、それを乗りこえる方法を意識して探ろうとしていない人々の目にはふれにくい。
しかし幸いにも、数ある情報から確かな報告や指摘をより分け、その内容を理解しようと努めていくと、さまざまな専門領域で、私たちの国の未来に対する希望を捨てずに済むような知識、理論、技術を持つ人々がいることがわかってくる。
このような人々を訪ねて対話をしながら、竹内昌義教授自身が学び、エネルギー資源の持続的利用を中心において今後の日本再建のあり方を考えつつ書いたのが、この本『原発と建築家』だ。
教授は、本書のなかで元原子炉格納容器設計技術者、元福島県知事、再生可能エネルギーにかかわる技術者や政策研究者ら、さまざまな専門領域を背景とする人々と対話をしている。そして、彼らの知識、理論、技術は、「日本再生」というジグソーパズルをかたちづくる、ピースの一つ一つのように筆者には思える。
筆者はランドスケープデザインに実地でたずさわってきている。このデザイン領域が目的とする持続可能な土地利用の実現のためには、土地の環境条件を成りたたせる地質、地形、気象、生態、民俗、生業、社会、経済等々を対象とした専門領域ごとに獲得されてきた (つまり大きな視野に立てば「分析」されてきた) 知識、理論、技術が結びつく (これらを「総合」する) 必要がある。だが、各々の専門領域についてはくわしい研究者、技術者らが、他の領域に関心を持つことは実際には少なく、自分自身が「分析」から「総合」へと知識、理論、技術のそれぞれを結びつける研究者、技術者になろうとしてきた。竹内教授が本書の執筆を通して行ったことはそれに通じていると、私は受け止めている。脱原発とこれからのエネルギー資源利用・保持に関した知識、理論、技術を結びつけることへの着手と、危険なエネルギー資源を利用しなくとも済む建築を探究する必要性を、この領域に関係する専門家や学生を中心に広く訴えること……そう受け止められ、評価ができる。
教授は、当学科の三浦教授、馬場准教授らと、断熱気密性能を高めての省エネルギー実証と再生可能エネルギー利用の普及を目的とした「山形エコハウス」を2010年に実現している。この前年には、エコハウスを設計するために行った基礎調査と考察の結果を共著『未来の住宅―カーボンニュートラルの教科書』にまとめてもいた。
これらの経験から得た知識と考えをもとに、原発事故発生後1年をかけてさらに知識と考えが積み上げられ鍛えられながら、本書は書かれた。教員が同僚の教員をこう評するのは少し変わって感じられるかも知れないが、「人間が本気になって何かに取り組めばここまで社会的意義のある、密度の濃い仕事ができる。そして成長できる」のだと、私はこの本を読んで思った。ひるがえって、自分はこの1年何をしていただろうか、とも。
日本列島は、およそ1000年の周期で訪れる断層の活動期に入り、過去の例から推し量れば数十年もの間、大規模な地震や津波、火山の噴火ほかの天災に遭う可能性を想定すべき状況にあると考えられる。また、新たな活断層がいくつも見つかり、未知の規模の天災に見舞われる可能性も否めない。私たちにできるのは、天災の危険をできる限り回避する努力と人災の可能性を断つことだ。そのためには、人災の発生源となる原子力発電を廃し、再生可能エネルギーを健全に扱う技術を確立、普及することが、まず求められる。
竹内教授はその実現に向けて行動し、その第一の成果を発表した。そして、それを建築家の本当の仕事と訴えている。ならば、ランドスケープデザイナーである私の「本当の仕事」とはなんだろうか? あるいは、私は、本当の仕事をする建築家とどう組めるのだろうか。
たとえば、「再生可能エネルギー」の「資源」として、自然物の一つである木を思い浮かべると判りやすい。材木や薪や炭を得るために木々を伐ってもまた育つように保育することは、本来「持続可能な土地利用」に含まれる。ただし、持続可能な土地利用を目的とする……とはいいながら、少なくとも私は、これまでエネルギーについてはほとんど知識を持たないままランドスケープデザインにたずさわってきた。
しかし、太陽光や風や波を受けて発電する施設の整備や、木質燃料を得る森林の管理に生態学の視点を加えなければ、生態系へ影響を及ぼして物質循環を損ね、水資源の確保や食料生産、ひいては木質燃料の再生にとって問題を生じさせようから、ランドスケープデザイナーの側は生態学的土地利用技術を用いて自然に由来するエネルギー資源を再生可能にする利用・保持を支えるはたらきをすることが考えられる。
私は、こんな風に『原発と建築家』を読みました。そして、自分がこれからの日本で、デザインによって何をしていくべきか明確にすることを助けられました。学生のみなさん、私たちはせっかく同じ一つの場所で学びあうのだから、ぜひこの本を読んでみてください。そのうえで、意見を交わしあいましょう。この本の著者は、私たちの身近にいます。「日本再生」というジグソーパズルのピースを、一つ一つ探しだしていきましょう。そして、組みあわせていきましょう。私もその行動に参加します。
竹内昌義編著『原発と建築家』学芸出版社、2012年3月10日発行
https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761525293/
松隈 洋・後藤政志・佐藤栄佐久・池田一昭・清水精太・林 昌宏・三浦秀一・飯田哲也 著
『原発と建築家』72-73頁 |
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以下は、上記の決意のもとに津波被災地支援の現場で考えたことを合わせて内容を構想し、2012年7月30日に京都、2013年4月2日に東京で行った講演の報告を、2013年4月4日に本ブログに投稿していたものです。
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エネルギーシフトと三陸の生業再興試案
https://shunsukehirose.blogspot.com/2013/04/blog-post_4.html
おわりに、私が携わった、佐藤栄佐久元福島県知事による景観政策の一例「国道114号改築事業 (浪江権現堂工区) 景観設計」に関したブログ記事のリンクを載せます。佐藤元知事は、日本では好例と見なされていることが多い、地域の自然や歴史を表層的にとらえて意匠の具とする「景観整備」を批判し、地域の環境、景観の構造をとらえてその部分を素直にかたちづくる努力の先に景観形成は達せられるといった講演を行われてきていました。高度な要求を受けて、精一杯それに応えようとする中で大きな学びを得ました。そのことに改めて感謝し、謹んで哀悼の意を表します。
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日本景観生態学会第25回全国大会公開シンポジウム発表資料「福島県浪江町における街路設計のための住民との景観生態学的調査に関した実践報告」
https://shunsukehirose.blogspot.com/2015/06/practical-report-on-landscape.html