2025/09/10

「弾圧は、芸術的表現を恐れる」という言葉にふれて #JusticeForGaza Upon encountering the phrase, ‘Oppression fears artistic expression’

 

 

 

 

"GIG FOR GAZA 2025"のチケット完売を伝えるグラフィックアート。ポール・ウェラーのFacebook投稿より

 仕事が人生のすべてではありませんし、自分が職業とするデザインが表現活動であるとは考えていないのですが、美術大学出身でアートや音楽を身近に感じているため、ついそれらに関した批評や当事者の発言などから、ならばデザインでは…と考える癖がついてしまっています。デザイン批評やデザイナーの発言において、社会や政治に本質的に言及している例をほとんど見ないことから、そうなっているのかもしれません (「社会」という言葉はよく使われていると思いますが、市場と混同されていることが多いように思います)

参照: 東北風景ノート|『失われた創造力へ—ブルーノ・ムナーリ、アキッレ・カスティリオーニ、エンツォ・マーリの言葉』を読んで
https://shunsukehirose.blogspot.com/2024/08/thoughts-on-reading-towards-lost.html

 「求められるまま純粋に制作活動に打ち込むことが、時世によっては戦争協力にもなりうるとしたら、危うさを覚える」。これは、長崎市の平和祈念像を手掛けた彫刻家北村西望が「戦時体制の中で戦意高揚の一端を担」ったことを指しています。

戦争との距離感|2018/8/8 長崎新聞
https://nordot.app/399718985140388961

 このことはデザインにも当てはまるし、問題となる対象は戦争だけではないと考えています。

 パレスチナ支持を言明して活動するミュージシャンのフェスティヴァル出演を検閲しようという英国での動きに対して、同国のギタリスト、ジョニー・マーは次のように表明しました。

 「弾圧は、芸術的表現を恐れる。私は、不正義に反対し、思いやりと平等を広め、声なき者に声を与えるために自身のプラットフォームを使う全てのミュージシャンを尊敬する」

Johnny Marr becomes latest to support Kneecap and calls for a “free Palestine”|2025/06/16 Far Out Magazine
https://x.gd/qTczw


 彼の態度の示し方もさることながら、「弾圧は、芸術的表現を恐れる」という言葉の冴えには驚かされました。

 194849日、当時英国の委任統治領であったパレスチナのデイル・ヤシーン村をユダヤ人武装組織が襲撃し、少なくとも100(国連の記録より) が殺害されます。ここから、70万人のパレスチナ人が「イスラエル建国を目指すユダヤ人武装組織によって家を追われたり、避難したりした」「ナクバ=大惨事」が始まったのだそうです。この時「殺害されたパレスチナ人は15000人以上、破壊された町や村は531に上る」(パレスチナ自治政府統計) とのことです。

パレスチナ人大虐殺「ナクバ」の生存者、世代を越えて語り継ぐ記憶|2024/05/17 CNN
https://www.cnn.co.jp/usa/35219014.html/k10014806081000.html


 虐殺は、複数の方法を併用して続けられています。

 「この配給システムは、食料がなく飢えるか、わずかな食料のために命を危険にさらすかの二者択一を人びとに迫るものだ。人道援助に見せかけた虐殺であり、今すぐ解体しなければならない」

ガザ: 「援助に見せかけた虐殺」
イスラエルと米国による食料配給システムの解体と封鎖の解除を|2025/06/30 国境なき医師団
https://www.msf.or.jp/news/press/detail/pse20250630nt.html
 
 「食料がなく飢えるか」とありますが、そうした状態も準備されてきていました。以下は、その一例に関した研究報告です。

 「過去17ヶ月間、私たちはガザ地区全域の衛星画像を分析し、地域全体の農業破壊の規模を定量化してきました。私たちの新たに発表された研究は、この破壊の広範な範囲だけでなく、その発生速度が前例のない速さである可能性も明らかにしています」

Evaluating war-induced damage to agricultural land in the Gaza Strip since October 2023 using PlanetScope and SkySat imagery
https://doi.org/10.1016/j.srs.2025.100199


※本研究に関しては、私が612日にFacebookへ投稿した記事の中でも簡単に紹介をしています。

https://www.facebook.com/hirose.shunsuke/posts/pfbid036toHYSFGP5psdkZh1yYTd1Gnn8HgHNQpnV7UMjRVjRrEaW2y9RXMSgrrpJDWSZaXl


 このような中、現在、国連加盟193カ国中147カ国がパレスチナ国家を承認している上に、9月の国連総会でフランスがG7で初めてパレスチナを国家承認すると表明し、英国、カナダが国家承認を行なう予定を発表しています。

 一方、イスラエルはこう反応しています。

イスラエル極右閣僚、パレスチナ国家承認に対抗 入植地拡大し「何も残さない」|2025/08/15 AFPBB
https://www.afpbb.com/articles/-/3593474

 同日報じられたイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の以下の発言には、驚き呆れると共に、これまでにも増して強い怒りが込み上げてきました。

 「これはパレスチナ人を『追い出す』計画ではなく、『脱出を認める』計画だと強調。『パレスチナ人のことが心配だ、パレスチナ人を助けたいというのなら、自分たちが門戸を開け』」

ガザ住民をアフリカへ イスラエル、受け入れめぐり複数カ国と協議|2025/08/15 CNN
https://www.cnn.co.jp/world/35236714.html

 国際政治・社会・経済の主流的情勢は、本当に野蛮になりました。日本の政治・行政・経済にも、ここまでではないとしても、これに通じるような蛮行とそのことへの追及を躱すための言葉の言い換え、論点のすり替えが広がっていると感じます。

 そのような中で上記の長崎新聞の記事は書かれ、ジョニー・マーの短く強い言葉は発せられています。イスラエルが引き起こす問題や自国内の諸問題に対抗して活動する、決して少なくない数の人々が各国にいて、日本にもいます。こうした人々の思想と行動に私も学び、連帯したいと思います。

 この投稿に添えた画像は、英国のミュージシャン、ポール・ウェラーが昨年に引き続き企画するガザのためのギグのアートワークです。同じく英国のミュージシャンであり、アーティストであるマッシヴ・アタックのロバート・デル・ナジャが、手がけています。

 ギグのチケットは、すでに完売しました。以下は、ウェラーがXへのポストで公表した昨年の寄付総額と使途です。

Gig For Gaza は、人命を救う人道的活動を支援するために115,000 ポンド (GBP。現在の外国為替レートで日本円に換算して約2,2483,025 円に相当) を集めた。この信じられない額の寄付金は、ガザで切望されている水、食料、テント、衣類、医療用品など生きるために必須の物資の提供に役立てられる。共演者をはじめ、このイベントの運営に携わったすべての人々に心から感謝する」。
https://twitter.com/paulwellerHQ/status/1868636810047582278

 私は、パレスチナの国家承認を勧める国際社会の動きやウェラーの行動を支持します。ただし、現地の状況はきわめて深刻です。

ガザで集団飢餓が拡大、住民が「どんどん衰弱」と人道団体が警告|2025/07/24 BBC
https://www.bbc.com/japanese/articles/c2k1lkddj9zo


 ジョニー・マーは、「不正義に反対し、思いやりと平等を広め、声なき者に声を与えるために自身のプラットフォームを使う全てのミュージシャンを尊敬する」と発言していますが、影響力には大きな差があるとしても、私たちにもSNSプラットフォームを使うことはできます。

 また、首相官邸や各省庁にインターネットで直接意見を送ることもできます。私も、昨日首相官邸と外務省にパレスチナの国家承認と即時停戦、即刻の物資供給支援の実現への働きかけを求める意見を提出しました (毎週2回、決まった時間帯にこれらの機関へ意見を送るアピール行動があり、できる範囲でそれに参加しています) 。

首相官邸|ご意見募集
https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html
外務省|御意見・御感想
https://www.mofa.go.jp/mofaj/comment/index.html

 日本政府にパレスチナの国家承認を求める声明への賛同者が、募られてもいます。910日午前8:30の時点で、39,046名の方々が賛同されています。

このオンライン署名に賛同をお願いします! 「世界につづけ パレスチナ国家承認」
https://x.gd/LRdi0

 この問題に限らず、私たちにできることは、もっと他にもあると思います。

 

 

追記
 現在、
44ヶ国からの人々が数十隻の船に乗り、パレスチナ自治区ガザへ支援物資を届けようとするグローバル・スムード船団 (Global SumudFlotilla) の活動も進行中です。

グレタさんら、支援船団で再びガザへ「イスラエルの違法な封鎖破る」|2025/08/12 AFPBB News

https://www.afpbb.com/articles/-/3593079

 

 この活動に参加するスウェーデンの気候活動家グレタ・トゥーンベリは、こう語っているそうです。「環境や気候をケアすることと人間をケアすることとを人々が切り離して考えているのは、私にとっては不思議なことです」。 「私たちが立ち上がっているのは、あらゆる人間にとっての正義、持続可能性、そして解放のためです。社会正義なくして、気候正義はありえません」。

何もしないことは「選択肢ではない」: ガザへ向かう船上のグレタ・トゥーンベリ|2025/06/03 旅する気候ジャーナル 船と風
http://ship-and-wind.com/2025/06/04/thunberg-aboard-gaza-flotilla/

 

 表現活動や、環境も人間もケアすることを社会的不正義の克服に結びつける、まるで日本国憲法第97にある「人類の多年にわたる自由獲得の努力」の創造的展開を見ているかのようなこれらの人々の思想、発言、行動にならい、私も自分のライフワークの中でそうした実践をしていきたいと思います。

 少なくとも、不正義に気がつけるように学び続けることが必要ですし、それに気がつけたなら「そこに不正義がある」と明示することが大切であると考えます。そうでなければ、不正義を隠してしまうからです。何もしなければ「中立」なのではなく、確実に不正義の側を利してしまいます。

 戦争や虐殺といった大きな問題にだけ声を上げるのでは、足りないとも思っています。身近にある差別や搾取は、人の心性や社会構造の問題を介して、戦争や虐殺と地続きの関係にあると考えるようになったためです。

 私も、自身のプラットフォームについては、このように使い続けます。





2025/04/16

理性的な土地利用について考える: 2025関西・大阪万博の批判的検討を通して Thinking about rational land use: Through a critical examination of 2025 Kansai/Osaka world expo

 

 

 

 

  建築、デザインの質や現代における万博の是非を問う以前に、埋立地・夢州はこのように使ってよい土地であったのか疑問に感じます。この記事を書きながら、そのことについて考えてみたいと思います。なお、情報は足りていません。また、地震、津波への備えなどに関しては、検討できていないことをはじめにお断りしておきます。

 

夢洲全景 (大阪府咲洲庁舎より撮影) <黄犬太郎 - 投稿者自身による著作物, CC SA-BY 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=40787888 >

 面積約390 haの夢州の埋め立ては、浚渫土、建設残土、廃棄物の焼却残渣などの処分場として1977年に免許を得て、1990年代に着工されました。以降、「都市開発のために急いで埋め立てるのではなく、できるだけ長い期間にわたって処分場として継続されることを目指していた。ところが、万博開催に間に合わせるために土砂を購入して埋立を急いだ」とのことです。

夏原由博 (2024) 2025大阪・関西万博の環境アセスメント—ほど遠いネイチャーポジティブ. 日本の科学者59 (6): 31-36
https://doi.org/10.60233/jjsci.59.6_31

 次に挙げる論文では、東南海地震で発生する災害廃棄物は大阪府下で1200 t、その収容に必要な公共空間は380 haと想定されることから、「現役の廃棄物処分場」として2027年までの利用を予定していた夢州を「手つかずのまま残しておくのも合理的な選択」であったと指摘されています。

桜田照雄 (2019) 大阪夢洲カジノの経済・環境問題. 日本の科学者 54 (10): 10-17
https://doi.org/10.60233/jjsci.54.10_10

 ここから、私の考えを書きます。以下の記事にある大阪市議の発言は、大阪府、大阪市がどう無関係であると発表しようが、夢州開発をめぐる事実と符号しているのではないでしょうか。「IR」は、「統合型リゾート/Integrated Resort」の略称で、夢州の万博会場隣接地がその敷地とされ、カジノを含みます。私は、2025大阪・関西万博開催は、そうした意図の有無にかかわらず、事実、「現役の廃棄物処理場」であり災害廃棄物の収容に利用も可能な埋立地・夢州を、カジノ開業を主目的として開発することの「正当化」を補強した、と考えます。

「大阪維新の会所属の大阪市議は、『 (中略) 万博はIRのためのインフラ整備をやるためのものですからね。地盤が悪くてIRがダメなんてなれば、もう維新は終わりです。嘘つきと言われかねない』」

吉村洋文知事が絶賛する「5m1億円」の大阪万博リング 大半は接着剤で貼り合わせた集成材|2023/12/28 AERA DIGITAL
https://dot.asahi.com/articles/-/209963?page=1

20254月時点でのOSM夢洲地図。オープンデータベースライセンス (ODbL) に基づいて利用


 カジノ解禁については、ギャンブル依存症等の弊害を招くことが懸念されています。

IR区域整備計画の認定とカジノの免許に関する一連の手続をもって、国及び実施地方公共団体は、カジノによる弊害というこれまでには存在しなかった新たな危険を設定することになる」

権 奇法 (2018) IR (カジノ) 整備法の制定 (平成30
727日法律第80). 自治総研 44 (482): 1-31
https://doi.org/10.34559/jichisoken.44.482_1

 論文「大阪夢洲カジノの経済・環境問題」には、「万博開催に先立ってカジノ開業を実現するのが、大阪府・市IR推進局の方針なので、万博への誘客インフラは、カジノへの誘客インフラを意味する」と書かれています。この順番は逆になりましたが、「万博への誘客インフラ」は、そのまま「カジノへの誘客インフラ」に転用できます。

 「企業によるカジノへの資金提供では、『公序良俗に反する』との株主代表訴訟の懸念があるが、万博を口実とすれば、そのような懸念は解消できる」と、同論文は続けられます。「万博を口実とすれば」問題が何も無いかのように見せることができるということでしょう。そして、資金が足りず事業が休止していた、大阪メトロ中央線延伸の再開を図る理由も立つということではないでしょうか。

 このように経緯を確認していくと、万博に関連する建築、デザインの質や、現代における万博の是非を問う以前に、埋立地・夢州の利用の仕方は本当にこれでよかったのだろうか? と、疑問に思われてくるわけです。

 別の観点からも、考えてみます。WWF
(世界自然保護基金) ジャパンは、大阪・関西万博開幕1週間前に、以下の概説を添えて環境NGO 6団体による共同宣言を発表しています。

「『いのち輝く未来社会のデザイン』をテーマに開催される万博ですが、残念ながら重要視されなかった『いのち』があります。万博会場となった夢洲に形成されていた湿地環境とそこに生息していた野生生物です。WWFでは複数の環境NGOと連携して、博覧会協会ならびに大阪港湾局に、要望と意見交換を行ってきましたが、NGO側の要望はほぼ実現されませんでした」

大阪・関西万博における自然環境保全上の課題について|2025/04/09 WWF ジャパン
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/5942.html

 「要望」は、夢州を浚渫土、建設残土、廃棄物の焼却残渣などの処分場として用いない前提で出されたものと考えます。そうであれば、それが最良の土地利用に当たるのかはすぐに判断がつきませんが、生物多様性保全が生態系サービスの保持に結びつくことから、その公益性をまた別の観点から評価できることになります。

 論文「2025大阪・関西万博の環境アセスメント」には、「博覧会協会による環境影響評価書では動物の生態をまったく無視している」と書かれています。例えば、シギ・チドリ類の予測結果として「『会場外の夢洲1区の内水面を利用する』とあるが、これはエアレーターが稼働する曝気処理池であり、水深は深い。これまでにシギ・チドリ類は利用しておらず、今後利用するという根拠はない」などとしています。こうしたことを「環境影響評価を専門とする大企業が書くことは企業倫理に反する」と、厳しく批判してもいます。

 このように初めに示したのとは別の観点からも、埋立地・夢州はこのように使ってよい土地であったのか? との疑問を抱かざるを得ません。これらの問題は、現代における万博の是非を問うことや、建築、ランドスケープデザインなどの質を問うこと、そして会場でのメタンガス発生の問題 (下記参照) などを論じること以前に、現実的に、理性的に、検討する必要があったと考えています。

万博会場のメタンガス 爆発現場以外でも5か所 対策発表|2024/06/24 NHK
https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20240624/2000085426.html


万博会場内でメタンガス検知、引火すれば爆発の恐れ…一時来場者の立ち入り規制|2025/04/07 読売新聞オンライン
https://www.yomiuri.co.jp/expo2025/20250407-OYT1T50064/



注: 添付した写真「夢洲全景 (大阪府咲洲庁舎より撮影) 」の著作権者は、次の通りです。<黄犬太郎 - 投稿者自身による著作物, CC SA-BY 4.0,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=40787888 による>。また、図「
20254月時点でのOSM夢洲地図」は、オープンデータベースライセンス (ODbL) に基づいて利用しています。



2025/08/12 追記:
その後、「大阪府・市が万博経費を使って、隣接するカジノ用地を掘削工事していたことが本紙の調べで明らかになりました」との報道がありました。


2025とくほう・特報|万博経費でカジノ用地掘削 事業者20億円超の利益 維新府・市政内部でも“違法”の指摘|2025/07/10 しんぶん赤旗
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik25/2025-07-10/2025071001_01_0.html

同紙はまた、「本紙が
10日付で報じた『万博経費でカジノ用地掘削』のスクープをめぐって、掘削の目的を "カジノリゾート (IR) 建設の残土抑制" と明記した大阪府・市作成文書の存在が新たに明らかになりました。本紙報道を裏付ける証拠として、カジノ誘致や万博開催を検証してきた山田明・名古屋市立大学名誉教授 (地方財政・地域政策論) が提供しました」との続報も配信しています。

2025とくほう・特報|「カジノ建設残土抑制」 万博経費流用で 府・市新文書
本紙報道を裏付け
2025/07/31 しんぶん赤旗
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik25/2025-07-31/2025073101_04_0.html

 

 

 

 

 






2025/03/24

転載「竹内昌義教授の『原発と建築家』出版に寄せて」—著者の一人、佐藤栄佐久元福島県知事の逝去を悼んで Reprinted "On the publication of Professor Masayoshi Takeuchi's 'Nuclear Power and Architects' '" - in memory of the passing of one of the authors, former Fukushima Governor Eisaku Sato

 

 

 

 


 1983年から参議院議員、1988年から2006年まで福島県知事を務めた佐藤栄佐久氏が、2025319日に逝去されました。同氏は、知事時代、東京電力が原子炉構造物のひび割れなどを隠蔽したまま原子力発電所を稼働していたことに対して、再発防止対策の徹底を求めて県内全10基で発電を停止させる措置をとるなどしました。

 以下は、2011年の東京電力福島第一原発事故後に行われた同氏へのインタヴューからの引用となります。

   それでも双葉郡には、10002000年続いている集落があり、それは300の鎮守

  の森でもあり、なんとかして生かしていきたい。どういう風に生かしていくか

  はこれからの問題にして、そういう想いが私にはあります。エネルギーを欲し

  いだけ使う都市生活ではなく、また一極に集中せず分散した都市が必要です。

  森・川・海こそ「うつくしま、ふくしま」の象徴であり、森にしずむ美しい都

  市をつくりたいと思っておりました。少なくとも私一人が考えるのではなく、

  たとえば学会のような大きなスケールで考えるべき話だと思います。 (中略

  竹内さんにはぜひ、そういう視点をもって日本の国づくり、都市づくり、そし

  て長期戦略での福島の再生のために努力をしていただきたいと思います。 

  (20111210日福島 郡山ビューホテルアネックスにて)  

 

 インタヴューを行った竹内昌義氏は、当時私が教員を務めていた東北芸術工科大学建築・環境デザイン学科の教授で、インタヴューは竹内教授が著書『原発と建築家』の編集・執筆を進める中で行われました。同書は、このインタヴューの3ヶ月後、20123月10日に発行されます。

 

 原発事故による放射性物質拡散の影響が、東日本大震災津波被災地の復興を阻む絶望的な状況の中、私は同書に勇気づけられました。そして、自分の行動の指針を見つけることを支えられました。同書が、私にとってそのような本であったことを同学科の教員や学生たちと共有したく、2012417日付で建築・環境デザイン学科ブログに「竹内昌義教授の『原発と建築家』出版に寄せて」と題した記事を投稿していました。しかし、私がその後退職したため、この記事は同学科ブログから削除されていました。
 

 佐藤元知事の逝去を悼み、また、原子力発電推進に向けた政財界の動きが活発化する中でもう一度当時の心境を振り返り、決意を思い返すために、この記事を本ブログ「東北風景ノート」に転載することにしました。私は、竹内教授や佐藤元知事、その他の著者の方々のメッセージを、このように受け取りました

 

 

『原発と建築家』書影


福島第一原子力発電所の事故発生以来、それよりずっと前から原子力開発や発電所事故の危険を訴えてきた人々の報告や指摘が、今この国に生きる人々に少しずつ支持されはじめている。

 

これらの報告や指摘は、日々たくさんの情報が発信されるなかで埋もれてしまっているようなところがある。だから、みずからが遭遇してしまった危機の大きさや、それを乗りこえる方法を意識して探ろうとしていない人々の目にはふれにくい。

 

しかし幸いにも、数ある情報から確かな報告や指摘をより分け、その内容を理解しようと努めていくと、さまざまな専門領域で、私たちの国の未来に対する希望を捨てずに済むような知識、理論、技術を持つ人々がいることがわかってくる。

 

このような人々を訪ねて対話をしながら、竹内昌義教授自身が学び、エネルギー資源の持続的利用を中心において今後の日本再建のあり方を考えつつ書いたのが、この本『原発と建築家』だ。

 

教授は、本書のなかで元原子炉格納容器設計技術者、元福島県知事、再生可能エネルギーにかかわる技術者や政策研究者ら、さまざまな専門領域を背景とする人々と対話をしている。そして、彼らの知識、理論、技術は、「日本再生」というジグソーパズルをかたちづくる、ピースの一つ一つのように筆者には思える。

 

筆者はランドスケープデザインに実地でたずさわってきている。このデザイン領域が目的とする持続可能な土地利用の実現のためには、土地の環境条件を成りたたせる地質、地形、気象、生態、民俗、生業、社会、経済等々を対象とした専門領域ごとに獲得されてきた (つまり大きな視野に立てば「分析」されてきた) 知識、理論、技術が結びつく (これらを「総合」する) 必要がある。だが、各々の専門領域についてはくわしい研究者、技術者らが、他の領域に関心を持つことは実際には少なく、自分自身が「分析」から「総合」へと知識、理論、技術のそれぞれを結びつける研究者、技術者になろうとしてきた。竹内教授が本書の執筆を通して行ったことはそれに通じていると、私は受け止めている。脱原発とこれからのエネルギー資源利用・保持に関した知識、理論、技術を結びつけることへの着手と、危険なエネルギー資源を利用しなくとも済む建築を探究する必要性を、この領域に関係する専門家や学生を中心に広く訴えること……そう受け止められ、評価ができる。

 

教授は、当学科の三浦教授、馬場准教授らと、断熱気密性能を高めての省エネルギー実証と再生可能エネルギー利用の普及を目的とした「山形エコハウス」を2010年に実現している。この前年には、エコハウスを設計するために行った基礎調査と考察の結果を共著『未来の住宅―カーボンニュートラルの教科書』にまとめてもいた。

 

これらの経験から得た知識と考えをもとに、原発事故発生後1年をかけてさらに知識と考えが積み上げられ鍛えられながら、本書は書かれた。教員が同僚の教員をこう評するのは少し変わって感じられるかも知れないが、「人間が本気になって何かに取り組めばここまで社会的意義のある、密度の濃い仕事ができる。そして成長できる」のだと、私はこの本を読んで思った。ひるがえって、自分はこの1年何をしていただろうか、とも。

 

日本列島は、およそ1000年の周期で訪れる断層の活動期に入り、過去の例から推し量れば数十年もの間、大規模な地震や津波、火山の噴火ほかの天災に遭う可能性を想定すべき状況にあると考えられる。また、新たな活断層がいくつも見つかり、未知の規模の天災に見舞われる可能性も否めない。私たちにできるのは、天災の危険をできる限り回避する努力と人災の可能性を断つことだ。そのためには、人災の発生源となる原子力発電を廃し、再生可能エネルギーを健全に扱う技術を確立、普及することが、まず求められる。

 

竹内教授はその実現に向けて行動し、その第一の成果を発表した。そして、それを建築家の本当の仕事と訴えている。ならば、ランドスケープデザイナーである私の「本当の仕事」とはなんだろうか? あるいは、私は、本当の仕事をする建築家とどう組めるのだろうか。


たとえば、「再生可能エネルギー」の「資源」として、自然物の一つである木を思い浮かべると判りやすい。材木や薪や炭を得るために木々を伐ってもまた育つように保育することは、本来「持続可能な土地利用」に含まれる。ただし、持続可能な土地利用を目的とする……とはいいながら、少なくとも私は、これまでエネルギーについてはほとんど知識を持たないままランドスケープデザインにたずさわってきた。

 

しかし、太陽光や風や波を受けて発電する施設の整備や、木質燃料を得る森林の管理に生態学の視点を加えなければ、生態系へ影響を及ぼして物質循環を損ね、水資源の確保や食料生産、ひいては木質燃料の再生にとって問題を生じさせようから、ランドスケープデザイナーの側は生態学的土地利用技術を用いて自然に由来するエネルギー資源を再生可能にする利用・保持を支えるはたらきをすることが考えられる。

 

私は、こんな風に『原発と建築家』を読みました。そして、自分がこれからの日本で、デザインによって何をしていくべきか明確にすることを助けられました。学生のみなさん、私たちはせっかく同じ一つの場所で学びあうのだから、ぜひこの本を読んでみてください。そのうえで、意見を交わしあいましょう。この本の著者は、私たちの身近にいます。「日本再生」というジグソーパズルのピースを、一つ一つ探しだしていきましょう。そして、組みあわせていきましょう。私もその行動に参加します。

 

竹内昌義編著『原発と建築家』学芸出版社、2012310日発行
https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761525293/

松隈 洋・後藤政志・佐藤栄佐久・池田一昭・清水精太・林 昌宏・三浦秀一・飯田哲也


『原発と建築家』72-73




 以下は、上記の決意のもとに津波被災地支援の現場で考えたことを合わせて内容を構想し、2012730日に京都、201342日に東京で行った講演の報告を、
201344日に本ブログに投稿していたものです。


エネルギーシフトと三陸の生業再興試案
https://shunsukehirose.blogspot.com/2013/04/blog-post_4.html

 

 おわりに、私が携わった、佐藤栄佐久元福島県知事による景観政策の一例「国道114号改築事業 (浪江権現堂工区) 景観設計」に関したブログ記事のリンクを載せます。佐藤元知事は、日本では好例と見なされていることが多い、地域の自然や歴史を表層的にとらえて意匠の具とする「景観整備」を批判し、地域の環境、景観の構造をとらえてその部分を素直にかたちづくる努力の先に景観形成は達せられるといった講演を行われてきていました。高度な要求を受けて、精一杯それに応えようとする中で大きな学びを得ました。そのことに改めて感謝し、謹んで哀悼の意を表します。


日本景観生態学会第25回全国大会公開シンポジウム発表資料「福島県浪江町における街路設計のための住民との景観生態学的調査に関した実践報告」

https://shunsukehirose.blogspot.com/2015/06/practical-report-on-landscape.html